私は、家に帰ると、夕食もそこそこに部屋に入った。そして、今日起きた出来事を振り返っていた。『細胞』ができたと言えるだろうか。いや、「できかけている」が正解だろう。岡山さんがどんな原稿を書いてくるかわからない、真子がきちんとが演説できるかどうかわからない。不確定要素だらけだ。ここで私が大きく手を出すことは簡単だが、彼女たちに「成功体験」させなければ、と考えた。体験に勝るものはない。
 私は、クローゼットを開けると、人並みには揃っている服を手で寄せると、本を置いている場所を見た。そこには、おおよそ女子高生が読まないであろう本が並んでいる。おじさんからもらった、「普通は手に入らない」資料まである。その中から私は、1番手にすることが多いであろう「語録」を手にして、机に戻った。
 迷いがある時、戸惑った時、私は「語録」を読むことにしている。しかし、「語録」が生きていた時とは、時代も、世界も違う。自分の夢とはいえ、なんでこんな夢を見てしまったのかと自分を叱ってしまうこともある。そんな時に必要なのは…仲間だ。私は、おじさんに連絡が欲しいとメールを打った。おじさんは、私の電話代も心配してくれて、自分がかけ放題プランになるから、いつでもメールを打ってくれればと言ってくれている。それほど待たずに、携帯が鳴った。
「さっちゃんかい」おじさんだ。
「お時間、よろしいですか?」
「私は時間は自由になるさ。もっとも、締め切り前だけはご勘弁ねがいたいけれどね。さて、何かあったかな?」
私は、今日起こったこと、つまり真子を生徒会役員選挙に立候補させること、そして、岡山さんという協力者を得たことを伝えた。
「お見事だ。そこでさっちゃんは主人公になってはいけない。何か兵法でも読んだかな?」
「いいえ、私の考え、いや直感です。どうでしょうか?」
「やはり才能だな。すばらしい。けれども、直感に頼っていては迷いも生じる。何より何かに陥った時にすがる物がない。そうだなぁ、いつか渡そうと思っていた本を、今度遊びに来てくれた時にでも渡そう」
「ありがとうございます。週末には伺います」
「また私の昔話も聞いてくれるかな」
「ぜひ聞かせてほしいです」
「いやぁ、歳をとると色々と寂しくてね」おじさんは珍しく弱音を吐いた。
「そしてさっちゃん、次の手は考えたのかな?」
「しばらくは行方を見守るつもりです。あくまで彼女たちが成功したという形に持っていきたいと考えています。…失敗したら、その時に考えます」
「必ず成功するさ。そう信じること。ことを起こす時の自信は、ありすぎる位がちょうどいい。さっちゃんは冷静だ。いつだって冷静だ。てんびんで言ったら片方が重い。釣り合わせるには、さっちゃんには自信が必要。今日だって、見事に事を進めた。違うかい?」
「そうです。成功した、と言えます」
「それは、誰にでもできることではない、違うかい?」
「そうです。…ためらわれますが、自分だからできました」
「そこはためらわないことだ。さっちゃんだからできた。いや失礼、革命戦士だからできた。戦士よ、自信を持つんだ」
「ありがとうございます」
「なに、私にできることは話し相手になること位だよ」
「また相談に乗ってください」
「喜んで。では、おやすみ、同志よ」
「おやすみなさいませ」
 電話が切れた。私は、やっとお風呂やらの自分のことができそうだと思った。肩の力が一気に抜けた気がした。