「スランプ」
…書くこと。
やめないこと。
…自分でやってみたら、三人が
「帰ってきました」
…原稿用紙6枚

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 あれ?と思った。昨日まで吹けていたフレーズが吹けない。…テンポを遅くして…やっぱり吹けない。
「舞由、どうしたの?」
 鈴子先輩が言った。
「何か急に…吹けなくなっちゃって」
 私はそう言ったあと、うつむいた。すると鈴子先輩はこう言った。
「スランプ、なんじゃない?」
「…スランプ?」
「あーるあるって。何か急に、できていたことができなくなっちゃうこと。ね、美香」
「私?」
 譜読みをしていた美香先輩が、突然なに?って感じでこちらを見た。
「舞由がスランプ気味なんだって、美香」
「そんな、わからないですよ」
 私はあわてて言った。だって、いつもと変わらない放課後だし、特にテストとかなかったし。
「あー、見事にスランプだ、鈴子」
 美香先輩はそう言うと、私の顔をじぃっと見た。
「何かヘンだなーって感じじゃない?いつもと変わりないはずなのに、何かが急に変わったみたいな」
「そうです。昨日まで吹けていたフレーズが、とつぜん吹けなくなりましたし、何かこう、自分が違う、みたいな感じです」
 鈴子先輩と美香先輩は顔を見合わせたあと、
「じゃ、みんなで中庭で休憩にしましょう」
 と、美香先輩が言った。
 中庭に行くと、いつもどおり誰もいなかった。
「ほら、これでも飲んで、舞由」
 鈴子先輩はそういって、いつもどおりお茶のペットボトルを渡してくれた。そして三人で、中庭のベンチに座った。
「いきなり来るのよねー、スランプ」
 美香先輩が、懐かしいかのように言った。
「自分でなんでだろう、どうしたんだろうって考えている時が一番つらいのよね、鈴子」
「そんな感じー。何か指動かないな、何か唇決まらないな、って思っているうちに、急にヘタになるって感じ。なんでだろ?って考えても答え出ないし」
 私は思わず聞いてみた。
「そういう時って、どうすればいいんですか?」
 すると鈴子先輩は私の前に来て、ぱんっ、と、軽く私の両ほほを手のひらではさんだ。
「じたばたすること。とにかくじたばたすること。絶対ダメなのは、吹かなくなってしまうこと」
 美香先輩が続けて言った。
「スランプでやめちゃうパターンってけっこうあるから。けど、それはもったいない」
 あいかわらず両ほほは鈴子先輩にはさまれたまま。それでも聞いて見た。
「これって、何とかなるんですか?」
 すると鈴子先輩は、両ほほから手をはなして言った。
「私たちも実は何回もあったのよ、そういう時期。特に吹き始め。ね、鈴子」
「で、ほんとにふとしたこと、帰りのバスが間に合わなくて行っちゃったとか、そんなことがきっかけで戻る感じ。急によ?」
 鈴子先輩はそう言うと、こう言った。
「なんでか、教えてあげようか」
「教えてください!」私は大声で言った。
「成長してるから。今まで苦労してやっていたことが、成長して、何も考えずに出来るようになっているから。でも、頭はこうしなきゃ、ああしなきゃって考えてるから、体と心のバランスが崩れて、吹けなくなる。ね、美香」
「舞由、すごくうまくなってるの気づいてないでしょ?音域も広くなっているし、何より音に無理がないし。…で、頭の中はいままでどおり、うまくならなきゃって考えているから、バランスが崩れて吹けなくなる。私はそう思うけど」
 鈴子先輩と美香先輩に言われて、むーってなった。確かに吹き始めの頃みたいに苦労しなくなった。その分、どう考えていいのか分からなくなった感じ。
 鈴子先輩は言った。
「だから、じたばたすること。つらいけど、じたばたすること。でも、やめないこと」
 美香先輩が続けた。
「私たちだって、ううん、みんなあるんじゃない?そういう時期。それを乗り越えてこそ、成長なんじゃないかな。だから鈴子も私も、アドバイスはできるって感じ」
「じたばた、ですか…」
 私は言った。でも、二人の話を聞いて、けっこうラクになった。そして言った。
「とにかく吹くこと、ですか?」
 すると美香先輩は、私を見てこう言った。
「そういうこと」
 むー。けど、吹いていようって気にはなった。つらいけど、がんばるしかないか。そしてやめないこと、かぁ。難しいようなかんたんなような。…私もじたばたするか。きっと先輩二人みたいになれる、そう信じて。
「じゃ、音楽室にもどりましょ」
 鈴子先輩が言った。いつもと変わりない放課後。だけど、何かが違う気がする。違うのは、もしかしたら私自身のかな、って思った。