ちょっとのぼせたような
記事が続きまーす。

「テクニック」
文章のね。

あたしは、書き始めはそうとうに
テクニックに頼っていた。
けど、最近はむしろ平易にというか、
「世界で表現」できるので、
テクニック的な表現は
あまり使わなくなった。

言い方を変えると、
「テクニックに頼っているから」
恥ずかしくて読めないんじゃないかなぁ、
初期の二作品は。

あたしは、書き始めがものすごく遅かったから、
「ラスト・ステージ」、「無縁の駅」が
「最大限の中二病」だと思ってる。
「無縁の駅」なんて完全に中二病。

けど、そこから今の、
「原稿用紙五枚縛り」の練習に
来たところで、
小手先というか、テクニック的な表現は
あまりしなくなった。
自分の形ができた、って言うのかな。
イメージ先行ということもわかったし、
「どう文章に落とすか」は練習するしかない、
みたいなね。

今思うに、「文章は平易に、世界は面白く」
なのかもしれない。
難しい単語を使うことはカンタン。
難しい表現をするのもある意味カンタン。
…けど、伝わらなければ意味がない。自己満足。

それに気づかせてくれた「無縁の駅」は、
あたしにとって一生の「影」だけれども、
光があれば影がある、そう思ってる。
…影があるなら光があるはずだ、ってね。

ただ。「それに気づけるか」
あたしは運が良かった。
テクニックではなく、中身で勝負。
そういう姿勢になれたこと自体、
ものすごくラッキーだと思ってる。

あたしは、正直なところ、
いまのところはここのブログで
作品が発表できればそれでいいの。
…いつかはWebコバルトに応募は
してみたいけどね。

そして、ばかでかい夢。
そう、幸の話。
「骨格作り」がそうとうに大変で、
なかなか走り出せないけれども、
「もし」ゴールできたら、
たぶん唯一無二の作品になると思う。

「書きたい」と思うこと。
でも、「書いた」だけでは自己満足。
ひとりでもいいから、
「読んで頂ける」
あたしはこれもラッキー。ここがあるから。

「テクニック」
うまく距離を取れたこと、
あたしはラッキーだと、ふと思いました。