それはまだ私に髪の毛がいっぱいあった頃
9月のとある木曜日に雨が降りまして
それに放射能が混じっていたかどうかは知らないが
気が付いたら私の大事な毛が抜けた

わーれはゆくー♪
かみのーけのー、すくなーいーまーまでー♪
誰かとめろー!

おほん。

新卒の会社はー☆
何を言っても。こわくなーい☆
だーって。
あの会社。お星さま、だもーん☆
(NSとS金がくっつくとは、
 誰が予想できたのよー!)

ホストはいた!GSが!
DASDもいた!一台だけど!
LPRもOPRもいた!
…ただ。
無停電電源装置がなかった!
24/365運用なのに、よー?

「そろそろ、帰ろうかしらねー♪」
などと。20時ごろタバコ吸ってたら。
「ふっ!」っと一瞬、暗くなった。
「ぴーーーーーーーーーーーー」
…ホスト、落ちたぁ!

あたしの管理範囲は、
オープン系なので、
サーバ回り確認…全員生存。
つえーな、DELL!
よわっちぃな、FACOM!

「なんつーの。氷室君。ちょっと」
「仙人部長」に言われるがままに、
「メインコンソールの前」に
座らされるあたし。
「画面のまま、流して。
 あ、なんつーの、これ間違いで…」
ワケワカランまま、
=J AIM,うんちゃらかんちゃらと打って。
「JOB見て」
はいな。
「…うん。なんつーの。
 これで、瞬停の時は
 氷室君がいれば大丈夫だね!」
「ちょっと待ってねぇねぇねぇ!
 ハードコピーどこに出るの!
 間違えてたのってどこが、なによ!」

「エタノールの影響」により、
その後の記憶、混乱。
金なんか払うもんか。上役が出せ!

翌日午前中。
「なぜか、あたしの手で」
「電算機保全手順書」が出来上がってた。
もちろん、「謎の正規黙認版」
軽く意味わからん。

「貸してた系統」があったんだけど、
そっちは、「眺めてればいい」という
仕組み、だった。
その後、別の現場でその系統を
見ていた人に聞いてみたところ。
「うん。夜中起こされるのいやだから、
 SCF、組んだ!」
「こっちも組んでほしい!」
「ぜったい、いやだ!」
…不毛なやりとりが、ありましたとさ。

その後電算機は。本社のごたごたで、
流浪の電算機になったあと…
どーなったんだろ。しらない。

「こんな」だからさー!
締めるたんびに!
「小銭が、合わない!」って
おおさわぎ、するのよー!

まぁ。逆にいえば。
「それが許されていた」
時代、だったのよね。