星のかけらの宝箱

Xジェンダー、MtXのブログですがー…最近は、「墨田区民と北関東民ホイホイ」ですー…

2020年04月

「大卒じゃないから」
金融機関、一生ムリだろって
思ってたけど、
「ぽこっと、入れちゃった」

今、年度替わりなので、
「ありがとうございました」メールが
何通か届いたんだけど。
外資なんで、
平気で転職するんだけど。
…そこ行ったの???
…え?それもアリなの???
みたいなものも、かなり。

今挑戦している試験も、
最初、テキスト届いたときは、
「キツいーー!!」って
言ってたけど。
これは…ムリだ!!と、
思ったけど。
だって、テキストが、
超絶、難しいんだもん。。。
けど、「何とかなった、以上だよね」
最初、1科目引っかかったんで、
「1科目ずつなら…」と
頑張ってみた。
「あきらめないこと」って
大切、なんだねぇ。

まぁ、「ここで力、抜けちゃったら」
意味ないから、
休む時は、しっかり休む。
やるときは、やる。
メリハリ付けて、やってみようかね。

この試験、難しいけど、
「業界人なら、修了してて当然」だからね。
特に、あたしのような業務では。

「やる気に、なれたこと」
落ちっぱなしだと、
会社から突っつかれるんで、
そういう意味でも、
「後がなかった」んだけど…
「結果も、出ました」

金融系の資格が一巡したら、
やっと、放送大学の余裕が出るかなぁ…
わかんないけどね。
業務によっては、
「この資格、取ってね」「マジかい!!」
…ありうるんだよ、この業界は。
上司だって、なぜか、
アレとかコレとか、持ってるし。

『乗っかってやる!!』
…誰か、骨は拾ってください。おねがい。

昔は、
「フォークリフト持ってたら、
 食いっぱぐれない」って
言ったよねぇ。
なんか…「安くなっちゃった」って。

まぁ、あたしが持ってる資格は、
『試験ごと、なくなった!!』って
あるからねぇ。
・第二種情報処理技術者試験
・第一種情報処理技術者試験
・初級システムアドミニストレータ試験
試験ごと、カリキュラム変更により
なくなりました。

まぁ、情報一種受かった時に、
学歴コンプレックスは、
ほぼ、なくなったんだよね。
専門学校卒だけど、
「大卒程度の一般常識があること」が
前提条件なんで。
…受かったんだから、あるんだ。みたいな。
情報一種は「価値ある」資格なんだけど、
持ってるって履歴書に書くと、
「古いってバレるからなぁ…」

ただ、情報系の資格は、
専門学校がしっかりお膳立てしてくれたんで、
「自力で資格試験に挑戦」は、
正直、今回が初めて。
「1科目作戦…後がないけど、
 うまくいくと、いいなぁ…」から、
なんと、「完全に折り返した!!」

勝って兜の緒を締めよ!
テキスト持ってるし、
1年で大幅に内容が変わるものでもないので、
準備は、計画的に、しっかりと!!
そして修了して解放されて、
FP2級から、AFPが射程にはいった!!
今回の試験、
「自分なりの合格の方法」が、わかった!!
成績優秀者に入るほどに!!


…いや。
今夜は寝ます。寝るんです。
「明日から、やる気出す!!」
…落ちるぞ。

ごめんねぇ。
がっつり寝ちゃった。
あー、もうね。
かるーく、のんびりと。
若干、胸やけ気味。

あの、徹夜して
頑張った試験でございますが。
実は2科目ずつ、でございまして。
「さすがに、2科目一気はムリ!」と、
『1科目合格作戦』でした。
2年越しで、すべての科目を取ろうと。

逆に言えば、1科目合格してないと、
リカバリがムチャクチャ難しい。
翌年に、「2科目を1回で合格」と
なってしまうので、
「後がない」感が、はんぱない!

…あの時は、
気合いと勢い、なによりやる気に
満ち溢れておりました。
多少、こぼれました。
毎度おなじみ、「コピー用紙」が
上司経由で手元に届きました。

『2科目、取ったぁ!!』
…信じられん。

まぁ、捨てにかかった科目、
「テキストはきちんと読んでた」の。
スケジュール間違えてたんで。
ただ、余裕がなくなっちゃったんで、
「確実に短期間ならこっち?」と
狙いを変えて、がっつりやったの。

で、本番は、捨てにかかった科目は
「捨てにかかってるしー」と
思う反面、
「ヘタに問題文がわかる」ので
完全に捨てもできず。
穴埋めとかは、
「日本語として成立するかどうか」
ココに入ることが出来る単語はアレだよ。
アレったら…コレとコレと、コレ?
コレは…意味おかしいから、
コレなら…意味としても文脈としても…
コレにしとくかね。
…さ。「埋まった」から、
提出して退出して、
狙った科目の最後の追い込みだぁ!

ただ。「捨てた」にしては、
妙な手ごたえがあったんです。
「引っかかる可能性、なくは、なく」
ただ、言うと消えちゃいそうだから、
そっと、しておいたのですが。

取れた。

いや、でかいんだ、この結果。
「1科目作戦」に成功して、
加えて1科目取れているということは、
「折り返した」ということになるから。
ただ、「思いもよらぬ変化」があるんで、
そこは、誰にも、わかんない。
「どうなるんだ?」とも思いつつ。

ただ。
「受かった割には、知識が…」と
思わなくもなく。
これはー。FP検定の時に、泣くな。
まぁ、「受かった」んだから、
余裕があるときに、テキスト読んで
補強すれば大丈夫。きっと。

もらうぞ「修了証!」
『業界内であれば』
他社行っても、「受かってる!」って
胸張って言える!
…業界から出たとたんに、
タダの紙切れになる。
「なんか、こう。」
難易度の割には、
リターンが少ない気がするなぁ。

ただ。
「この難易度の試験を」
自分から受けようとは…
たぶん思わないだろうし。
そういう意味でも、
FP検定2級のあしがかりには、
しっかり、なってるはず。
FP検定2級受かれば、扉が開いて、
やることやって、「お金払えば」
AFP、夢では、ない!!

こんなスチャラカな、あたしが。
「こんなに結果が出て、
 いいのでしょうか、ね」
…いや、試験なんだから、
合格したもの勝ち。
正々堂々と受験したんだから、
結果は、「あたしのもの」だ!!

うん。まあ。その。
「日本語能力とノリだけで受かった」
科目も、なくは、なくー。
テキスト、すっごくキレイ。
…開いてないから。
「基礎力を持っていた」
きっと、そうなの。
そういうことに、させて!

「四十過ぎて小説書き始めた」も
大概に遅いんだけど、
「四十過ぎて難易度高い資格試験」
正直に言えば「キツいよ」
翌日にさらっと、忘れたりするし。

けど。
光が見えた、気がする!

中年過ぎて、
「3級ではない、FPの資格取ろう」なんて
思ってもなかったからね。
療養中だったら、「冗談はよしこさん!」
きっかけと、「立ち向かう力」で
道って、開けるんだね。

あーでも!!お金と時間、あったら!!
…アーク溶接と玉掛けと、
移動式クレーンの資格が欲しい!!
あと、フォークリフト!!
『それこそ、何するんだよ!!』
でも最近、「そっちも、せちがらい」って。
フォークリフトのオペレータ、
時給で千円ちょいとか、そんなだって。

でも。
『ひゃっほーー!』
(29号)

あたしが。
『やたらと、強い』という
異質な存在であること…
これは踏まえないと、
いけない気がします。

奇跡に奇跡が重なって。
「なーんも考えずに、
 生きてこれた」ことは、
特別なこと…のような、気もします。

ただ、あたしの
「狭い世界」の中ではあるけれども。
知っている当事者の方を
思い浮かべてみても…

『みんな、案外、強いぞ?』

必要なところに、必要な手を。
そこには、異論はありません。

んー。
こないだの「自分の殻」じゃないけど。
「個人のこと」と「社会のこと」を
すり替えてしまっては、
いけないんじゃないかと思うのよ。

どこを「基点」として考えたら、
ああなっちゃったのかねぇ…
でもここ、「きちんと」しておかないと、
変な方向に向かってしまうんじゃないか。

あたしは、「個人的には」
それを危惧します。
あくまで「個人的には」

確かにね。
「困難を抱えて、
 生きづらさを感じている、
 LGBTの方を、支援しよう!」
そら、「支援する側」に回るから、
やってる方としては、
「気持ちいい」と、思うよ?

でも、その関係。
一歩間違えると、『共依存』だから。
「私が、支援しなければ!!」
…あー、健全じゃない。共依存だわ。
自分と相手の関係性に、
依存してしまっている状態。
「支援することに、依存している」
とも、言えるよね。

「(勝手に)支援する側」は
「気持ちいい」んだけど、
「支援される側」に回った人にとっては、
「むちゃくちゃ、気持ち悪い」というのは、
24時間テレビにも通じるものが、あるかもね。

…だから。
「当事者は、
 支援する側の、慰みのものでも、
 おもちゃでも、ないよ!!」
生身の、人間だよ!!
あんたらの、「気持ちよさ」のために
存在しているのでは、なーい!!

なぜ、これを言わねば、ならぬのか。
しかも。「アウト・ジャパンさんに」

まぁ、
「わかりやすさの、ために」という
ところは、認めよう。
まだまだ、理解は進んでないからね。

ただし。
「わかりやすさのために、
 『支援する』という、気持ちよさを
 前面に出されてしまったのでは、
 当事者としては、
 たまったものでは、ない」という、
あくまで『あたし個人の意見』も、
ここで、表明しておこう。

そもそも。
「支援って、何すること?」
そこがきれいに、抜けてしまっているから、
噛み合わないんじゃないのかしらね。
もっといい、日本語あるよね。
『寄り添う』

『支援する』って言われると、
断りづらいし、
「何されるんだ」という
感じが出てしまうけど、
『寄り添う』と言われたのなら、
「今は、大丈夫だから」と、
自然と断ることが、できるんじゃないかな。
あたしの勝手な『解釈』だけどね。

現状では、
「コンテンツを作ったもの勝ち」
では、あるからねぇ…
感じ方、考え方だって、
当事者の間でも異なるのに、
非当事者も、となったら、
「まとまりようが、ないよね」

「多様化」という言葉で、
『ひとくくりに、される』…
悪い冗談だな、本当に!

一回、切り離そうよ。
LGTBsと「生きづらさ」
生きづらい人も、いる。
謳歌しまくってる人も、いる。
人間って、そういうものでしょ。

一歩戻って。
「人間らしさを、取り返そうよ」
アウト・ジャパンさん、ね。

んー…
ここには、以前も
噛みついたことが、
あるんだよなー。
ぶっちゃけアウト・ジャパンさん。

社内教育的なムービーを
見る機会があったんだけど、
アライの定義がね…
『LGBTを
 積極的に支援する人のことを
 アライと言います』

なんだよ、その「支援」って!
余計なこと、いらないよ!
ていうか何?その
上から目線?


…と、感じてしまった、
心の狭い一当事者です。

でも、「気分のいいものでは」
決してないよね。当事者として。
この定義が、独り歩きすると、
当事者がいたら、
「支援します!」「支援しなきゃ!」
うるせぇ!
うるせぇから、引っ込める!
ストレートでした!ほっといて!
…あたしなら、そうするよね。
「擬態」は、慣れてるからね。

一応、あたしの職場での考え方は、
「積極的には言わないけど、
 バレたらバレたでかまわない」
そんな感じ。
なんで、「隠してる気も、ない」
まぁ、アセクシュアルなんで、
「恋愛、一切絡まない」から
こう、できるのかも知れないけど。

"ally"の本来の意味って、
同盟とか盟友か、
(困難な時の)助け、支えでしょ?
(ジーニアス第四版調べ)
「積極的な支援」って、
ちょっと
「踏み込み過ぎじゃ、ないかねぇ…」

アライを名乗る人って、
たまーに、
どんな話にでも乗っかってくる人、
いるんだよねー。
すぐ、「わかります、わかります」って
『わかるのかよ!』
あたしだって正直、
自分以外のセクシュアリティは、
わからないこと、いっぱいある。
例の、お電話の長いゲイ友とだって、
「わかんねー!
 そりゃ、わかんねー!
 ゲイじゃないから、わかんねー!」
しょっちゅう、言うよ?

これを踏まえて。
「わからないことには、
 わからない、と、きちんと言えること」が
むしろ「自然」なんじゃ、ないかなぁ。
アセクシュアルは特に、理解されづらいから、
わかんないなら、
「わかんない」と、言ってほしい。
その方が、ラク。
アセクシュアルって、んー…
「悪魔の証明」みたいなものでも、あるのよ。
『恋愛感情・性的欲求が
 「ない」ことを、理解する』
「ない」って何?って言われると、
非常に困るのよ。
「無の説明」になってしまうから。
「人間の本来の欲求」が『ない』んだから、
そりゃ、「わからない」人には
「わからない」と、思うよ?
いや、「わからない」で、
全くかまわないのよ。
わからないけど、「そういう人もいる」
そう思って頂ければ、
もう「充分」だと思うのよ。

じゃ、「かわいらしさ、美しさ」を
何で求めているか、って
『あたしの「欲求」だから!!』
ただ、「現実との折り合い」も
大切にしたいので、
自分から見て「美しくなければ」
あえて、そう見える格好はしない。
これは、あたしの「わがまま」
んー、美しくはならないか。
「じゃ、やめとくか」
あたしにとっては、
「美しくない」という負い目の方が、
よっぽど、つらいのですよ。
ただ、これは完全に
『あたしの感性』でしか、ないので、
他の方がどうするか、については、
「あたしは、
 何も言う権利が、ないです!!」
そこは、本人の自由だと思うのよ。

自分を掘り下げて行って見ても、
結構デリケートなことなのに、
いきなり「積極的な支援」って
なんじゃ、そら。
ていうか、
何されるの?あたしに。
余計なこと、いらないっての。

これじゃ、当事者が当事者だと
声を上げること自体が、
難しくなっているだろうが!!

もっと「理解」と「受容」に
重きを置いていないと、
「何、されるの?」という
恐怖の方が、出てしまうよ!
当事者としての、
あたし個人としては!

なーんか、さぁ…
「勝手に想像で創り上げられた、
 あるべき姿のLGBT像」って
あるよね。
差別を恐れて、
本来の自分を出すことが出来ず、
生きづらさを感じている。
「だから、支援しなきゃ!」

あたしには、ねぇよ!
恐れてもいなきゃ、
自分丸出しで、生きてるよ!!

願わくば。
「積極的な支援」の、一歩手前で。
「しっかりと自立している当事者も、
 当然、います」
という、
当たり前のことを、考えようよ。
当事者である前に、「人間」だから、
それこそ、千差万別。
つらい人も、いるし、
謳歌している人も、いる。
これ別に、「LGBT」と
特別に考えなくても、
人間個人って、
そういうものでは、ないかしらねぇ。

で。
これを、「パッケージ」として
導入した企業では、
「積極的な支援が、当然とされる」
…そっちの方が、よっぽど怖いわ!

あたしの個人的な考えではね。
「理解」と「受容」の部分だけで、
時間だったら、2時間とか
かかる内容だと思うのよ。
ケーススタディとか交えてね。
そこをすっ飛ばして、
「積極的な支援」と、言い出しても…
『噛み合わないと、思うぞ?』

アウト・ジャパンさんが
公開している内容の中で、
「最後に」から、引用するよ?
「LGBTの方が抱える
 困難を理解したうえで、
 既存の男女の枠組みや、
 結婚を含めたライフプランに
 捕われない考え方を
 意識しましょう」
だから、「困難、無いっつーの!!」

もちろん、生きづらい当事者の方、
いっぱいいる、当然だと思います。
ただ。
これは以前にも取り上げたけど。
「生きづらさは、必ずしも、
 『セット』じゃ、ないです」


なんだろうか。
この、「味方撃ちを食らった感」
あたしが知っている当事者の方は、
人生を謳歌している人、
いーっぱい、いるんだけどなぁ…
(28号)

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