まー、
あたしが、ちっちゃい頃とか、
20代の頃からしたら、
「世の中変わった」とは
思うんだけどね。
当事者どうしで
「出会うこと」もできるし、
その他、世間的に
もろもろ、ね。

けど。ふと思った。
「LGBTであることを
 言わない権利」

これ、絶対に必要だと思う。

あたしみたいに、
「あっさり喋っちゃったー」
という性格の人なら、
問題ないかもだけど、
「まだ自分の中で
 消化しきれてないのに」
カミングアウトせい、と言うのは
あまりに酷だと思うの。

風潮的に。
「差別や偏見もなく、
 ありのままで、自然なこと」と
なったとしても。
LGBT当事者であることを
「言うか、言わないか」は
内的な問題でしょ?

ちょっと危惧するのは。
「カミングアウト
 『しなきゃいけない』
っていうのは、ナシだよー。
強要罪というか、
それは「決めつけ」だよー。
アウティングより
たち悪い、かもしれない。

などと言うと。
非当事者からは。
「じゃ、どーすればいいのさ!」と
言われるかもだけど。
当事者は「ばらばら」なんだから、
「当事者の数だけの
 思い・願い」が
あっていいと思うの。

無理やり「恋愛」で例えるとさ。
「こいつ、何某のことが
 好きなんだってー!」って
勝手に大声で言うのは、
よろしくないでしょ?一般的に。

「内面的なこと」なんだから。
「言う」のか、「言わない」のかは、
「当事者それぞれが決めること」だと
あたしは思うの。
どれだけ、世の中が変わったとしても。

月並みな言い方、かつ
「使い古された言い方」だけど、
「あくまで、自分が決めること」

危惧しているのは。
「ほら、配慮も制度もあるんだから、
 『言いなさい!』」って
世の中になってほしくない、ってこと。
「相反」しているように
とらえられるかも、だけど、
…やっぱり「言わない権利」は
すごく大切だと思うから。