「繁忙期」というか
「プロジェクト真っ最中」でねー。
「あたまのなか、まっしろ」
「圧倒的現実、
 立ち向かうしか、ない」
みたいな感じ。う゛ぁー。

あたし、
「中学受験」してるのね。
…落ちたんだけど。
あたしの時は、
全体的に「厳しい年」だった。
上位校受ける子が、
全体的に確実性取って、
1ランクずつ志望校を
下げちゃう傾向があったの。
結果的に、あたしみたいに
中堅校受けた場合、
「ベースライン上がっちゃったので」
落ちた…みたいなね。
知ってる限り、
ほとんどの子が失敗した感じだった。
上位校受けた子も、
「ダメだった…」って感じ。

中学受験、落ちたところで
「公立校行けばいい」ので、
そこまで?悲壮感なかったけどね。

「小学校高学年の、
 放課後の思い出って
 ないなぁ…」って、
そら、毎日「塾通ってた」んだから
ないってばさ!

塾だと、なかなか、こう
「自分を出すことが出来ずに」
周りに合わせてた、って感じ。
ちょうど性的に目覚める時期だけど、
「そういうことが好き」
ってことにしておかないと、
「周りから浮いちゃうから」
こう…「合わせてた」よね。
何か、「下劣」で嫌だったけどね。

なーんか、
人生の中での最大の
「ムダ」だったなーって
今まで思っていたんだけど。
…塾で、しっかりと
「中学受験の国語」
言い換えれば、
「現代文の活用とか品詞分解とか」
やった…ってことはさ。
「結局は、小説書くこと」に
つながってるのよ。
「現代文の品詞分解」
学校ではあんまりやらないでしょ?
いきなり古文でやるから、
呪文みたいに感じるけど。

「おはなし」書いてる時って、
「日本語になってない!」とか
思うときあるんだけど、
…そこに「気づけないと」
やっぱり文章は書けないじゃない?
あたしは、あんまり
「一文の中に盛り込まない」
こう…述語での受けが
あいまいになりそうなら、
「何とか句点打って、
 文自体を切れないか」…って
できる限り考えてる。

この間、話題に出した、
「高校生の子が考えそうな
 言葉で表現する」
いわゆる「逆縛り」
これって、
「言いたいことの本質や
 本来の意味」を考えた上で、
類義語に置き換えるか、
そもそも表現自体を変えてしまうか。
場合によっては、
「時系列の入れ替え」という
「荒業」を使うことも、ないわけじゃない。
結局…こういう「作業」って、
「日本語に対する、鋭い感覚」がないと
できないんじゃないか…って
最近思うのね。

何て言うのかな。
「一旦、自分が書いた文章から
 『きちんと離れて』
 客観視して、検討する力」
書いたときは、「のぼせてるから」
案外できてない、んだけどさ!
この視点は、必須…なんだけど、
「ちゃんと日本語の理論が
 わからない」と、
そもそも気づかないんじゃないか…って
最近、思ってる。
あと、そもそもの
「世界観の組み立て方」
あたしは、「できる限り、盛らない」
盛ることは簡単なんだけど、
いざという時に、
「削ることが難しい」から。
詰めずに「盛ると」
縛られるし、訳わからなくなるし。
…それが、「無縁の駅」

と!えらそうに言いながら、
…毎回、結末のところ、
「何とか、ならないの、かしらね?」
まだまだ、なの。
うまく「視点が引けない」の。
だから、大体書きあがったあとって、
「ちっくしょーーーーーーーーー!」って
思ってること、多いけどね。

小学校4年~6年の放課後、
「失った」って思ってたけど、
「日本語の基礎を、
 しっかり理論立てて学んでた」って
考えると…必要だったのかな。
むしろ、
「小学生と言う、
 すごく頭が柔らかい時期に
 身に着けた」から…
ものすごい、「めっけもの」
なのかも、知れないね。