「作品のキャラクター」に
取り入れたいとしたら、
どんなことも、
どんな姿も、
見ることができたら、
見てみたく、なるでしょ?

「ほうほう。おー、うん。
 あ、やっぱそうか。うんうん。
 あ!
 あそこの窓、反射してる!
 後ろ側も見えた。らっきー!
 やった!なるほど!」

『すけべ!』ってひっぱたかれても、
それは、それ。
「いてー…マジ、痛い」

「おはなし」の中では、
あたしの現実を
「ある程度」切り離すことが
できる訳でしょ?
『完全に、切り離したら、
 おかしくなると思うんだ』
…だって、「経験」を
入れることができなくなるから。
「いやいやいやいや、
 そっち向かうな、って。
 若干、おかしくなるから。
 あ?でも、ナシというわけでは
 ないんかー…
 受け手側の反応を変えると…
 なんか…
 これは…ドツボかも…」
BackSpace連打!!みたいな。

キャラクターって不思議なもので、
書き手の自由に動かせると
思っていたら…
輪郭が、出れば出るほど、
「勝手に動いちゃう」んだね。
手を引っ張ったりすることは
できるんだけど、
「納得してもらえなければ」
…納得しないようにしか、動かない。
すべて、あたしの頭の中なのに、
なんなんだ、この
不思議で、訳わからない世界は!

あたしができることは、
…傍らで、パソコンに向かって、
ひたすら言葉に落とすこと。
書きあがって、
「ぱちん!」と、世界と切り離れたら、
印刷した、打ち出しに向かって、
赤ペン持って、「冷酷」に、
言葉としておかしい部分とか、
「頭が冷えたら」ここは、おかしいと
感じた部分とかを、赤入れすること。
それを、ぐるぐると繰り返して、
「もうムリ!こうとしか、ならない!」
…覚悟して、発表すると。

もしかしたら。
「やった!会心の出来!」というのは、
一生、『ない』んじゃないの?
むしろ毎回、
「…ここ、妥協した。くそーーーーー!
 ただ、こうとしか書きようがないんだって。
 シリーズとして完結したときに、
 しれっと、直してやるか…
 いやでも、ここを変えちゃうと…
 うわーーーーーー!
 自分が創り出したがために、見えるんだけど、
 内側から見たら、やっぱりこうだし…
 何か言われても…ここは…覚悟だな」
毎回、そんなこと、
繰り返すような気がする。

今思ったんだけど、
「お互いを尊重」してるんじゃないかな。
人間として。
あたしと、キャラクターと、お互いに。
あたしが手加減しないんだから、
向こうだって手加減しないんだって、たぶん。
『書けるもんなら、書いてみろ!!』
『くそーーーー!!!
 スイッチはあたしが、持ってるんだ!!!』
『消してみな…?
 世界ごと、消えるから』
『こんのぉ!!!』
でも、それが「楽しい」んだよね。

やっぱり、
「全部を勝手に創り上げる」ことは、
たぶん、できないんだろうね。
だって、キャラクターに人格があるから。

『最近、忙しくて疲れていて、
 書いていない』というのが、
最大の難点だけれども…
「視点」とか、そういうものは、
書いてなくても、「意識していれば」
ついてくるものなのかな。
…そして「書いたときに」
裏切られるんだよ!きっと!
「こんな、はずでは!!」

楽しいよね。
わくわくするね。
キャラクターは人間なんだから、
そうなって当然だよ。
ここを「楽しい」と取れるから…

書きたいんだよ、きっと。