んー…
ここには、以前も
噛みついたことが、
あるんだよなー。
ぶっちゃけアウト・ジャパンさん。

社内教育的なムービーを
見る機会があったんだけど、
アライの定義がね…
『LGBTを
 積極的に支援する人のことを
 アライと言います』

なんだよ、その「支援」って!
余計なこと、いらないよ!
ていうか何?その
上から目線?


…と、感じてしまった、
心の狭い一当事者です。

でも、「気分のいいものでは」
決してないよね。当事者として。
この定義が、独り歩きすると、
当事者がいたら、
「支援します!」「支援しなきゃ!」
うるせぇ!
うるせぇから、引っ込める!
ストレートでした!ほっといて!
…あたしなら、そうするよね。
「擬態」は、慣れてるからね。

一応、あたしの職場での考え方は、
「積極的には言わないけど、
 バレたらバレたでかまわない」
そんな感じ。
なんで、「隠してる気も、ない」
まぁ、アセクシュアルなんで、
「恋愛、一切絡まない」から
こう、できるのかも知れないけど。

"ally"の本来の意味って、
同盟とか盟友か、
(困難な時の)助け、支えでしょ?
(ジーニアス第四版調べ)
「積極的な支援」って、
ちょっと
「踏み込み過ぎじゃ、ないかねぇ…」

アライを名乗る人って、
たまーに、
どんな話にでも乗っかってくる人、
いるんだよねー。
すぐ、「わかります、わかります」って
『わかるのかよ!』
あたしだって正直、
自分以外のセクシュアリティは、
わからないこと、いっぱいある。
例の、お電話の長いゲイ友とだって、
「わかんねー!
 そりゃ、わかんねー!
 ゲイじゃないから、わかんねー!」
しょっちゅう、言うよ?

これを踏まえて。
「わからないことには、
 わからない、と、きちんと言えること」が
むしろ「自然」なんじゃ、ないかなぁ。
アセクシュアルは特に、理解されづらいから、
わかんないなら、
「わかんない」と、言ってほしい。
その方が、ラク。
アセクシュアルって、んー…
「悪魔の証明」みたいなものでも、あるのよ。
『恋愛感情・性的欲求が
 「ない」ことを、理解する』
「ない」って何?って言われると、
非常に困るのよ。
「無の説明」になってしまうから。
「人間の本来の欲求」が『ない』んだから、
そりゃ、「わからない」人には
「わからない」と、思うよ?
いや、「わからない」で、
全くかまわないのよ。
わからないけど、「そういう人もいる」
そう思って頂ければ、
もう「充分」だと思うのよ。

じゃ、「かわいらしさ、美しさ」を
何で求めているか、って
『あたしの「欲求」だから!!』
ただ、「現実との折り合い」も
大切にしたいので、
自分から見て「美しくなければ」
あえて、そう見える格好はしない。
これは、あたしの「わがまま」
んー、美しくはならないか。
「じゃ、やめとくか」
あたしにとっては、
「美しくない」という負い目の方が、
よっぽど、つらいのですよ。
ただ、これは完全に
『あたしの感性』でしか、ないので、
他の方がどうするか、については、
「あたしは、
 何も言う権利が、ないです!!」
そこは、本人の自由だと思うのよ。

自分を掘り下げて行って見ても、
結構デリケートなことなのに、
いきなり「積極的な支援」って
なんじゃ、そら。
ていうか、
何されるの?あたしに。
余計なこと、いらないっての。

これじゃ、当事者が当事者だと
声を上げること自体が、
難しくなっているだろうが!!

もっと「理解」と「受容」に
重きを置いていないと、
「何、されるの?」という
恐怖の方が、出てしまうよ!
当事者としての、
あたし個人としては!

なーんか、さぁ…
「勝手に想像で創り上げられた、
 あるべき姿のLGBT像」って
あるよね。
差別を恐れて、
本来の自分を出すことが出来ず、
生きづらさを感じている。
「だから、支援しなきゃ!」

あたしには、ねぇよ!
恐れてもいなきゃ、
自分丸出しで、生きてるよ!!

願わくば。
「積極的な支援」の、一歩手前で。
「しっかりと自立している当事者も、
 当然、います」
という、
当たり前のことを、考えようよ。
当事者である前に、「人間」だから、
それこそ、千差万別。
つらい人も、いるし、
謳歌している人も、いる。
これ別に、「LGBT」と
特別に考えなくても、
人間個人って、
そういうものでは、ないかしらねぇ。

で。
これを、「パッケージ」として
導入した企業では、
「積極的な支援が、当然とされる」
…そっちの方が、よっぽど怖いわ!

あたしの個人的な考えではね。
「理解」と「受容」の部分だけで、
時間だったら、2時間とか
かかる内容だと思うのよ。
ケーススタディとか交えてね。
そこをすっ飛ばして、
「積極的な支援」と、言い出しても…
『噛み合わないと、思うぞ?』

アウト・ジャパンさんが
公開している内容の中で、
「最後に」から、引用するよ?
「LGBTの方が抱える
 困難を理解したうえで、
 既存の男女の枠組みや、
 結婚を含めたライフプランに
 捕われない考え方を
 意識しましょう」
だから、「困難、無いっつーの!!」

もちろん、生きづらい当事者の方、
いっぱいいる、当然だと思います。
ただ。
これは以前にも取り上げたけど。
「生きづらさは、必ずしも、
 『セット』じゃ、ないです」


なんだろうか。
この、「味方撃ちを食らった感」
あたしが知っている当事者の方は、
人生を謳歌している人、
いーっぱい、いるんだけどなぁ…
(28号)