【放談住宅 2020/07/12】

ごめん。
すごく、暗い話になります。

今でこそ、自信を持ち、
自分の足で立っている感覚がありますが。
大人になるまで、いや、
大人になってもずっと、
自信や自己肯定感は、なかったです。

忘れていたので、気付かずに済んでいた。
しかし、運悪く、ふと思い出してしまった。

これが全てとは、言いません。
しかし、あたしにとっては、
ものすごく大きな理由だと思っています。
『中学受験で、
 子どもらしい時間が、なかったからだ』

中学受験は、
あたしの時代では一般的に、
小学4年から始まります。
(今では小学3年から、らしいです)
10歳から、12歳の3年間です。
一般的な、一日の過ごし方を
思い出して見ましょう。
まず、朝から夕方までは、学校です。
学校が終わると、毎日絶対に塾です。
塾が終わるのは、
学年が上がるにつれて遅くなりますが、
受験勉強が進んでくると、終わる時間は、
大体夜の20時から21時です。
そして宿題がたくさんありますから、
遊ぶわけには行きません。
帰ってからも勉強です。
そして、土曜日も日曜日も、塾があります。
そして、夏休み・冬休み・春休み。
子どもにとっては、嬉しくない時期です。
必ず「夏期講習」「冬期講習」「春期講習」が
ありますから。
毎日毎日、塾です。毎日、勉強漬けです。
「たった10歳から12歳の子どもが、です」
小学生ですから、自己選択権なんてない訳です。
全ては、
親の言われるがままに、従うしかありません。

考えてみてください。
10歳を過ぎたばかりの、子どもです。
小学6年生といっても、わずか12歳です。
なぜ、大人顔負けの、詰め込みスケジュールを、
こなさなければ、いけないのでしょうか。
休める時、安らぐ時間って、いつですか?
そして、一般的に言われるのは、
「中学受験で第一志望に合格する子は、
 3~4人に1人」
これは、中学受験のさなかにいる子どもには、
絶対に知らせない事実です。
そして。
「この余裕のないスケジュールで、
 いつ、子どもらしい時間を持てますか?」
答えを持っている方は、
コメント欄が開いていますから、教えてください。

そして塾の席順は、「成績順」です。
一番後ろの列の子は、
「次の選抜で落ちるよね」って、
本人に聞こえるように噂されます。
廊下には、選抜テストの結果が
成績順に書かれた、
大きな名簿が貼られています。
上下しかない、歪んだ人間関係。
それを、子どもどうしで競争させるために、
塾がむしろ、歓迎します。
不動産営業も真っ青の、
完全実力主義。
評価されるのは、「テストの点数が高いこと」
これだけの、世界です。
これ、大人の世界じゃありません。
10歳から12歳の、子どもの世界です。

あたしが中学受験に巻き込まれたのは。
近所に、地元では有名な、
中学受験の進学塾がありました。
上位クラスは選抜制なので、選抜テストがありました。
小学3年生の終わりに、
親が「運試し」くらいの
軽い気持ちで、申し込みました。
あたしは良くわからぬまま、試験を受けました。
そして「運悪く」、上位二番手のクラスに
合格してしまいました。
親は「運試し」くらいの気持ちですから、
合格発表に行きませんでした。
しかし、合格発表日に、
塾から電話がかかってきました。
親が電話を受けました。
「入塾手続きをされていないのは、
 合格者の中では、氷室さんだけです!
 すぐ、手続きに来てください!」
「あのー、皆さん手続きされるんですか?」
「合格して入塾手続きをしない方は、
 今まで一人もいません!」
親は流されるがまま、入塾手続きをしました。
そしてあたしが、
中学受験に巻き込まれることになります。

小学4年の春、塾に初めて行った時、
あたしは初めて、現実を知りました。
月曜日から土曜日まで、毎日、塾。
(4年なので日曜はなし)
まだ4年生ですから、19時か20時で終わりますが、
「小学校の放課後に、好きなように遊ぶ自由を
 失ったことに、初めて気づきました」
そして、3年生まで続けていた習い事、
それにはエレクトーンも含まれます。
塾の先生に言いました。
「何曜日と何曜日はエレクトーンがあるので、
 来れません」
「それはできない。
 ご両親にきちんと塾に来るように言われたと、
 きちんと伝えなさい」
エレクトーンは強制的に、やめさせられました。

ここまで書きましたが。
あたしの「意思」は、
ここまで一切、関係ない状態で
物事が決まっていったのです。
毎日、塾から大量に出される宿題を、
自分の部屋でやりながら、
「なぜ、こんなに勉強しなければ
 いけないのか」
まったく、わかりませんでした。
小学4年から、中学受験が終わるまで、
放課後に友だちと遊んだ記憶は、
あたしには、ありません。
なぜなら、塾があるから。
「親が、軽い気持ちで、言われるがままに、
 入塾手続きを取ったがために。
 あたしの子どもらしい時間は、
 消えて、なくなったのです」

だんだん、親も塾に染まっていきます。
だんだん、私立でないとダメだ、という
思想に、塾から染められていきます。
しかし。あたしには、
「どうしても行きたい志望校」は、
ありませんでした。
偏差値と合格の可能性だけで、
進路を決められて行ったのです。
「公立は荒れているから、
 毎日いじめられる」
「お前はここで手を抜いて、
 つらい公立校に行くのか!」
これは、中学受験の間、
ずっと親に言われていたことです。

5年生にもなると、
毎日の息が詰まる生活に、
耐えられなくなってきました。
これが今の企業であれば、
「ブラック企業」と、
間違いなく言われるはずです。
運よく両親は共働きなので、
平日は夜まで、親の目はありません。
その頃からあたしは、塾をさぼって、
街をひとりで、行くあてもなく、
歩き回ることが、
数少ない息抜きでした。
あまりやると、塾から家に連絡されるので、
2週間に1回くらい。
「11歳の小学5年生が、
 孤独ではなく、『ひとりになりたい』と
 思う生活を。
 自分の意思ではなく、言われるがままに
 過ごさなければいけない」
なぜなのでしょうか。
この問いに、答えをお持ちの方は、
是非コメントで、あたしに教えてください。

5年生ですから、夏期講習から始まり、
冬期講習、春期講習と、
長い休みも、塾一色に染め上げられました。
平日、塾が終わるのは、
20時か、21時か。
そして、帰ったら宿題。
…いつ、「子ども」に、なれるのですか?
一生に一回しかない、
「小学5年生」という時間に。

そして、6年生になりました。
毎日の生活は、
学校と、塾と、大量の宿題だけで
終ってしまいます。
そして呪詛をかけられるように、
「公立は荒れているから、
 毎日いじめられる」
「お前はここで手を抜いて、
 つらい公立校に行くのか!」
これを、親から言い続けられます。
しかし、6年生になっても、
「行きたいと思う私立中学校」は
ありませんでした。
偏差値と合格率だけで、
一方的に決められた志望校です。
どれだけ、その学校を、
あたしが知らなかったか。
「どこにある、どんな校舎なのかを
 知ったのは、受験日当日です」

1校しか受けなかったので、
合格発表で不合格が決まった日に、
あたしは公立校への進学が、決まったのです。
両親からは、見事な手のひら返し。
「公立校でも、いいことあるよ!」
「小学校のお友達と、
 一緒の中学校だよ!」
…荒れてる、いじめられるは、どこいった?
何回あたしに、呪いをかけた?
もう大人なんて、信じられません。
もうその頃には、あたしには、
「大人をあやつる」能力がついていました。
…欲しくもない、能力です。

そして地元の公立中学に入学して、
初めて、現実を知るのです。
「荒れてなんか…ない。
 むしろ、おとなしい子ばっかり」
「先生に認められて、友達に認められて…
 これが、『つらい公立校』なの…?」
10歳から12歳という、
かけがえのない、子どもとしての自分を
潰されたことに、気付いてしまったのです。
3年間のつらい生活は、
「一切、不要だったのです」
あたしが、その時クラッシュしなかったのは、
中学校の先生と、
クラスメイトが暖かかったから。
…そうとしか、あたしには言えません。

正直に言います。
あたしが進学した高校は、
底辺高に近い高校です。
学力としては、中堅校でも、
全く問題ないのに、です。
「中学受験のあの苦しみは、
 二度と、繰り返させない」
せめてもの「反乱」でした。
もう、「受験勉強」と聞くだけで、
完全に無気力になってしまうほど、
あたしの心には、
深い傷が、残ったのです。
そして面接だけの、
三年制専門学校を卒業し、
社会へ出て、大人になりました。

誰か、教えてください。
公立中学で、幸せな3年間の
中学生活を送った、あたしにとって。
「10歳から12歳という、
 二度とない子どもの時間を潰してまで、
 なぜ、中学受験に取り組まなければ、
 いけなかったのでしょうか」

通勤や仕事での移動の間に、
小学生の子どもたちを見かけると。
「もう一度、小学生になりたい」と
強く思うことが、あります。
みっともなくて、いい。
おかしな人、変人と言われても、いい。
「子どもを、やり直したい」
失った3年間を、何とかしてでも、
取り返したい。
なぜあたしは、40歳を過ぎた
この年齢になっても。
この思いをずっと、重荷として、
持ち続けなければならないのか。

そして、一番許せないのは。
「中学受験の時、
 すべてを一方的に決めた親が、
 あたしのつらい気持ちを、知らない」
親ですから、あの時の両親は、
当然、「大人」だったんです。
大人にとっての、つらい3年間って、
出口わかってれば、案外耐えられますよね。
けど、あの当時のあたしは、
「10歳から12歳の、子ども」だったんです。
子どもの時間は、二度と、帰ってきません。

まったくもって、経験する必要のない、
「挫折」を経験させられて。
「大人は子どもに、
 平気で嘘をつき続けるんだ」という
現実を見せつけられた。
そして。
「子どもとしての3年間を、潰された」
3年間、ずっと塾と言う競争社会にいたので、
自信も、自己肯定感も、持てなかったです。

一部、勘違いされている方がいるようなので、
あたしははっきりと、ここで言います。
「塾の先生は、教育者ではありません。
 中学受験合格のための、指導者です」
教育者ではありませんから、
子どもの心、児童心理なんて、知らないのです。
小学校教諭の免許、要りませんからね。

子どもの方から、
「行きたい中学校がある」と
言うのであれば。
応援してあげることは、
素晴らしいことだと思います。
しかし。
ただ、流されるように、
子どもを中学受験の当事者に
されたのでは。
子どもは、ただ、つらいだけです。
心に深い傷が、残るだけです。
なぜなら。
「子どもとしての時間を、
 一方的に、取り上げられたから」

最後に。
中学受験を描いた漫画、
「二月の勝者 ー絶対合格の教室ー」の
冒頭で塾講師が言った言葉です。

「君たちが合格できたのは、
 父親の『経済力』
 そして母親の『狂気』」


なぜ、そんな世界に、
10歳から12歳の、幼い子どもを、
追い立てなければ、ならないのでしょうか。
追い詰められなければ、ならないのでしょうか。

今でも。
あの頃を思い出してしまって、
胸が苦しくなることが、
たまに、あります。
「なぜ、今でも苦しまなければならないのか」
あたしには、わかりません。
わかりたくも、ありません。
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