【放談住宅 2020/07/19】
こう…
なんで、あたしの
小学校・中学校時代は、
うまく、いった…?
そんなことをふと、考えてみると。

なーんにも、考えてない、
「自然」だったから…と
思っても、みたり。
隠すわけでも、ない。
隠れるわけでも、ない。
ただ、やりたいこと、
やってみたいことは、
「やってみる」
むしろ、
「やる!やってやるっ!」
みたいな、ね。

ただね。
「少数派になること」
これって結構、怖いよ?
こう、浮いちゃうんじゃないか、とか、
馬鹿にされるんじゃないか、とか、
最悪、
「いじめられるんじゃ、ないか」
とかね。

だから、
「隠すこと・隠れること」は、
あたしは一切、
責められることでは、
ないと思う。

「そのへん、なんかー。
 うまい手、ないんかねー」

何か、
「つみかさね」に
なっちゃうのかねー、
とも、思う。
幼稚園とか、小学校低学年とか、
そのあたりから、
「こういうことが、好きなの」
「こういうものが、好きなの」
するとさ。
集団の中では、だんだんと、
「あー、そういうの、好きそう」
そう思ってもらえるようになると、
自然に振る舞えるのかなー、
とも、思う。

すると、難しいよね。
自然な振る舞い、
自然な姿。
それを実現させるためには、
幼稚園や、小学校低学年から。
と、言われても…
「戻れないから、ね」
時は、戻せない。

例えばさ。
中学校に入ったあたりで、
男の子が、さ。
「かわいいもの…好きだなー」
そう思って、少しずつ
持ち物にかわいいものが
加わっていっても。
「別に、変でも、
 なんでもない」
あたしはそう、言いたいけど、
果たして、世の中的には
どうなのか。

うーん、「少数派になる」って、
結果論なんだよね。
もし。男の子たちのほとんどが、
「かわいいのが、好き」
あ、その色、かわいいくて、いい!
そのペンケースのアクセサリー、
小悪魔っぽくて、かわいい!
みたいな世界だとしたら。
「かわいい物が好きな、男の子」は、
少数派には、ならないよね。
例としては、極端だけど。

すると。
ちょっとは楽に、ならないかな。
みんなと違うのは、
「結果でしか、ない」って。

あたしは、
「逆に不器用」でさ。
隠したり、隠れたりするのが、
下手だったんだよね。
隠したつもりだったんだけど…
「え?好きでしょ?」
バレてましたー!みたいな、ね。

イメチェンくらいのノリで、さ。
ちょっとずつ、こう、
自分が好きで、使いたいものを
使い始めて、さ。
「わるいことじゃ、ないでしょ!
 すきなものを、つかいたいの!」
堂々としていると。
うまくいきそうな、「気がします」
あたしの経験でしか、ないけどね。
やっぱりこう、
おどおど、しているところって、
やわらかいから…
突っつきたくなるんだよね。たぶん。
そこを、「ぱんっ!」と、
堂々としていれば…

『うまくいって、ほしいな』

まぁ、風向きが、あやしければ。
「ぜんぶ、もとどおりに、隠す」
それも「手段」だと、思います。
自分の部屋の、机の上だけは、
自分だけの、好きなものの、世界。
そんな風に、楽しむことも、
できるんじゃないかな、って
思います。

楽しい思いや、
楽しかった思い出は、
きっと、力になってくれる。
あたしはそう、信じてます。
(138号)