【放談住宅 2020/11/26】
湯檜曽ーっ!
nice to come home to ーっ、とぉ!

湯檜曽(ゆびそ)はね、
上越線の水上のひとつ先の駅でね、
なーんにもないんだ、これが。
もうひとつ先の「土合」が、
「えれぇ長い階段上がんないと、
 改札にたどり着かない」駅として
有名でね、って、今日はそのネタじゃない。

You'd be so nice to come home to。
かなり有名なスタンダードナンバー。
手元にはHelen Merrill版があるな。

YouTube眺めてましたら。
英語圏の学校でね、
クラブ活動でかなり歌われてるの。
例えば、これ。

一発目に思ったこと。
「伴奏したくねぇ…」
やっぱJazzだし、
「地味に難しいわ」で。

…伴奏は置いといて、だよ。
冒頭、二人ソロ取ってるけど、
かなり声量あるよねぇ?
最近の日本の「表立った」
音楽シーンでは、まずない感じで。
で、コーラスに移るんだけど、
すごくこう、
「まとまりある、自由な感じ」
確かに自由。
ピアノに肘ついちゃったり。
こう、あたしたちが慣れている、
『日本の、学校合唱』とは
まーったく、違う感じで。

同じ音楽会なのかな?
やっぱりニュージーランドの、女子校から。
"I say a little prayer"
この曲も、スタンダードナンバーとか
好きな人なら、聞いたことあるはず。

お揃いのシルクのリボンが、
かわいいねぇー。
こう、「日本人的感性」で見てしまうと、
「胸が開いていない」とか、見えてしまうけど。
この「声」が出てれば、
何の文句も、なかろうて。

では。『日本的、合唱』
聖徳大付属なら文句なかろう!

いいんだよ?
間違いなく、いいんだよ?
ただ、海外勢ふたつ見てしまうと、
「型にはめてる」と、
見えてしまうような気がするー。

そう。さっきの、
「胸が開いていない」も、
ある意味、ちゃんと理由はあるんだけど、
目的と手段が入れ替わってるような
気がしなくも、なく。

『なんでもいいから、
 合唱する気になりましょう!』
…夜だからね。声は落として。お願い。
まぁ、「覚えのある」方だったら、
足は肩幅に開く。
背筋をしっかりと伸ばす。
肩は多少後ろ気味に。
で、あごを引いて。
…と、勝手に姿勢を取ってくれるはず。
ひとつひとつ、
確かに「意味」あるんですよ。
「足は肩幅に開く」
身体全体を楽器として歌いますから、
骨盤から下、しっかりと「土台」に
なってほしい。
「背筋をしっかりと伸ばす」
しっかりと肺に空気を入れるのであれば。
背中が丸いと、そこが損です。
ついでに、「胸から上」の安定が、
背中丸いと、若干損なわれますので、
そう理由もあると思う。
「肩は多少後ろ気味に」
これが、さっき言った、
胸が開いていない、の、正体。
なんだろう。日本的指導だと、
「背筋と胸」って、
かなり言われるところでね。
やっぱり、肺をフルに使うという観点。
そして、胸から上を安定させる観点。
そうなると。
「首より若干うしろに肩がある」
感覚、って感じかなぁ。
姿勢を保つのに、
「胸側」は、使っちゃいけないのよ。
あくまで背筋、背骨。
「足の重心から、背中を通って、頭まで」
ちゃんと線がある意識で。
上手い合唱をテレビやネットで見ると、
まず、姿勢きれいでしょ。そういう理由。
「あごを引く」
これは意識という気が、しないでもないが。
一応、声帯の安定ね。

鶏が先か、卵が先か。
「日本的合唱」の、姿勢の指導を受けると。
確かに、「歌える子」であれば、
身体を味方につけて、
表現力を持って、歌うことが出来る。
では、「海外の、自由なコーラス」
ちゃんと歌えていれば、
あとは、むしろ自由に。
感情が入って、手も動いちゃった。
オーケーオーケー、もっと行こう!
…そんな感じだよね。

つい、
「見えちゃう」んだけど、さ。
『大人数を、一人か二人で指導』なら、
間違いなく、日本的指導の方が、
「らく」
ある程度、型にはめれば、
ある程度の結果は出るからね。
あとは、
「集団」に「目的・目標」持たせて、
自己研鑽、そして高め合う。
わーい!日本的。
かたや、ひとりひとりに向き合って、
良さをしっかり引き出して、
そして「合わせて」…と、
えれぇ「手間」を覚悟すれば。
海外の自由なコーラスが、
できるのかも、ね。
人数的にも、「このくらい」が
ちょうどいいんだろうね。
『学年全員』とか、考えたくない。
いくつのグループに分けて、
作り上げればいいんだーっ!

あとまぁ、
「言語的」なものも、あるよね。
日本語は、「いちおう」
一音一音、母音がつくよね。
なので、音符1個で、一音がふつう。
英語は、子音だけの発音があるから、
音符一個に、複数の音、つくよね。
そう考えても、「日本語の歌」だと、
「型にはめやすい」んだと、思うよ?
…細かいこと言わないように。
 言いたそうだけど。


良くは、わからんが。
『学年全員で、合唱』とかって、
日本の学校独自のもの、かも知れないね。
個人の実力なんて、ばらばらでしょ?
それを「合わせる」んだから、
「日本的指導」が、
発達したんじゃ、ないのかねぇ。
『型にしっかり、はまれば、
 確実に70点から80点』という世界。
かたや、
『もっと自由に!
 100点よりもっと上、行こうよ!』が
海外の学校のJazz Choirとか、なのかもね。

…はい。「向こう」では、
こーんなに「自由」なんだ、そうです。
High Schoolだ、そうですよ?


High Schoolで、
Blues Brothersやっちゃうんだもんなぁ…
かなわん。


まぁ、「向こう」から見たら、
日本の合唱が、
"ふしぎなもの"なのかも、ね。
あと、日本の学校合唱の特徴として、
「生徒が伴奏」やんないと、なのでね。
比べると、ふしぎ。
(253号)


『これ、出したい!』と思った、
「時の旅人」の合唱、あったんだけどさ。
『冒頭、ピアノがコケちゃったの』
右手の和音、ミスっちゃった。残念。
でも、その後、立て直したのすごいな!と
思ったのですが。
…かわいそうなので、今回はナシで。