【放談住宅 2020/12/18】
『毒親』について、
ネットで調べようとすると。
もんのすごく、うんざりするほど、
引っかかって来るページが、
『スピリチュアル系』

で、スピリチュアル系の人って、さ。
何かを、人に伝える文章を
書いている時に。
「提示-考察-結論」とかの、
なんだろう…文章の一貫性?
これ、まったく気にしないものなの?
『革靴がいらいらと、
 お鍋で朝もやになりました』
みたいな、
「まったく意味をなしていない文章」でも、
それはそれ、なの?

いやねぇ。
さっき読んでたページではねぇ。
…ちょっと待て。
延々「。」を置いてない文章だから、
引用すら、やりづらい。

この文に、突然ぶつかったのよ。
『心理学の定義が
 変わってきたということは…』
心理学の「何の」定義が、
「どう」変わってきたって言うの?
この文が出るまで、ページ上の文章では、
心理学の中身には、
ほぼ、触れてないよねぇ???

この手の、
『論理性に欠けた文章や、
 一貫性を持たない文章』が、
スピリチュアル系には、
掃いて捨てるほど、あるので。
正直、「うんざり」する。
「論じていることの、理解」より、
「文章の解読」に苦労したり、する。
投げっぱなし…「結論、どこ行った?」
突然、結論…「何の結論?提示は?」

最近、個人的に思うのは。
スピリチュアル系が「うさんくさく」
感じられる理由って。
半分以上が、
『文章が、文章として、成り立っていない』
からじゃ、ないの?
…だから、何が言いたい?
…読み返し、二回目、三回目…わからん。
そのうち、人間は「学習」するので、
スピリチュアル系の文章…
『あ、どうせ、文章の構成が狂ってるわ。
 読むだけ、ムダ~』と、
読まなくなっちゃうと、思うけどねぇ…
そして、「うさんくさく」感じる、
残りの半分程度の理由が、
『反証可能性が、ないから』
真実か、本当かを、
自らの手で再現して、確認することが、
できないことがほとんど、だからね。
スピリチュアル系、は。
で、残った「コンマいくつ」のところが、
スピリチュアル系が『言いたいこと』
だと、個人的に思うの。
あくまで『個人的に』、ね。

あたしはー…ハイデッガーに、
手を出したくらいだから。
『真実』には、ちと、うるさいと思う。
なので、もともと、
スピリチュアル系とは、相性が悪い。
Wikipediaで、『バッチフラワー』の
項目の、冒頭に書いてある文章。
「植物の持つ本来のエネルギーを
 エッセンスという形態で
 身体に取り込むことにより、
 気分の改善を図ることが
 できるという思想、
 およびその商品である」
その『本来のエネルギー』とやら、は。
ニュートン力学で説明が、つくのかね。
エネルギーがあるんでしょ?植物に。
「測れないの?そのエネルギーとやら、は」
やなやつー!
理屈っぽいやつー!って、言っていいよ!
だって、あたしは、
理論が『ぽやん』としたままじゃ、
『納得が、できないんだもん』

まぁ、百歩譲って。
スピリチュアルの世界では、
『人間の叡智を超えたところに、
 真実がある』…と、
「手に触れることが、できないもの、だ」
と、しても。
『人に伝えるための、文章』は、
ちゃんと、書けるでしょうがーっ!
『真実すら…どうでもいいの?
 スピリチュアル系、は』と、
思ってしまうよー、これでは。

お願いだから、せめて、
『伝わる』文章を、書いてくれよーっ!
読んでて、「疲れたり」、
「裏切られた感が、あったり」
しまくるんだもーん!
スピリチュアル系、は!!

『なんとか、ならんのー???』

…まぁ、扱っている、
「こと」が、「こと」だけに。
「理論化」は、難しいのかも知れず。
…けど。
『正しく伝えることを、放棄した時点で。
 どんな立派な効果が、あろうとも。
 「たまたま、うまくいった」
 だけでしか、ない』
としか、言えないよー?
せめて、
『解読するだけで、
 がっつりと疲れる文章』そして、
『文章の骨格が、破綻した文章』は、
やめて頂きたく存じます。
(269号)


…ま。
「文章の筋道に、気付く」
くらいの人で、あれば。
スピリチュアル系に、
『引っかからない』
…とも、言えるかも、知れず。
(やなやつモード)