『村上春樹クサイーっ!!』
そりゃー、村上春樹を読んだ
すぐ後に書いたんだから…とは言うものの。
「かまわない。」
「悪くない、悪くない。」
コレが文中に突然出てくるあたり、
村上春樹クサイですね。はい。

『これ、久しぶりに、
 女の子たちの世界を書かないと、
 抜けられないんじゃないか?』

そもそも、「抜けられてるのか?」という
疑問がありますが。はい。

そしてねぇ。実は。
『ATOKに大辞林を接続させる』
ことが、できるのよ。結構高いけど。
けど、ねぇ。
あえて「画面から外に出る手段」として、
辞書の類は、同じ画面にあっちゃ、
いけないと思うの。
作品から遠くへ行くのが、難しいんだから。
「せめて」辞書引く時は、
画面から離れようよ…と、ね。
なので、言葉に迷った時は、
「デジタル大辞泉が入った
 スマホを持つために」
身体を動かし、視線を画面から外すと
いうこと、大切な気がします。
「自分の言葉の泉で、溺れちゃうからね」
しかも、溺れたことに気づかないという、
厄介な泉だよ。うん。

あー、でもね。
LibreOffice Writerで書いていた時に比べて、
なんだろう。「没頭感」が、
ものすごく大きくなった。
LibreOffice Writerだと、
こまかーいところ、ひっかかるし、
「日本語の文章校正機能」が、ないから、
折々視線を戻して、
間違いを見つけなければいけないし。
一太郎だと、ある程度の日本語の間違いは、
一太郎とATOKが指摘してくれるから、
書いている時点での間違いが減るし。
文章校正機能をかけると、
「自分が気がつかないところまで」
機械的に見つけてくれるからね。うん。
「書く時は、
 書くことだけ、考えていればいい」
日本語扱うには、
やっぱり『日本製』が、いいんだろうね。

ま。
『一太郎で小説書いたら、
 どうなんだろうね?』
的なものなので、
ほんとうに意味はないです。
ないったら、ないです。