星のかけらの宝箱

Xジェンダー、MtXのブログですがー…最近は、「墨田区民と北関東民ホイホイ」ですー…

カテゴリ: 練習用ショートショート

「眠剤飲んでから、書くんじゃないよ!」
「…ノッて、しまったので」
「文章が、酔っ払ってるぞ!」
「平に、ご容赦」
原稿用紙5枚

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 何年、クローゼットを片付けていなかっただろう。この家が建ったのは、私が小学生の時だ。それ以来、自分の服は足して……足して……そして、もうクローゼットの中には少しの余裕もなくなっていた。私は思いきって、古い服を段ボール箱に出すことにした。大きな段ボール箱がいっぱいになるほど、古い服がたまっていた。
「おねえちゃーん! なに、やってるのー!」
「んー。古い服、整理してた」
 弟の輝が、いつものように部屋に遊びに来た。
「この箱、見ていーい?」
「いいよー」
 輝はすぐに、紺のワンピースを手にしていた。私が小学生の頃、デパートでお母さんに買ってもらった、お出かけ用の服だ。輝は目を輝かせながら、ワンピースを見ていた。
「これ着たおねえちゃん、好きだったなー」
 私はふと、いたずら心を出してみた。輝からワンピースを受け取ると、輝の体に合わせてみた。
「今の輝に、ぴったりじゃない? 着てみたら?」
「え……」
「赤くなってー! ったく、かわいいんだから。家の中だし、だいじょうぶ、だよ」
 ワンピースを受け取った輝は、ワンピースを広げたり、ひっくり返したりしていた。
「着かた……わかんない」
「ほら、ファスナー下げたから、これで着られるよ。今の服、脱いでみな?」
「……こう?」
 うわ、似合う。さっきまで男の子だった弟が、まるで私が小学生の頃みたいに、自然な女の子になってる。
「びっくりした。似合ってる」
「ほんとう?」
「ほら……鏡、見てみな」
「わぁ……かわいい」
「もっと、かわいくしてあげようか」
 私は引き出しからヘアピンを取り出すと、輝の髪にさした。輝のやわらかな髪に、銀のヘアピンが輝いていた。
「ほら。どう?」
「……僕、かわいい?」
「自分で見て、どう思う?」
「……かわいい」
「じゃ、かわいいんだよ」
 輝は姿見の前で、ポーズを取ったり、回ったりしていたと思ったら、突然走り出した。
「おかあさんに、見せてくるーっ!」
「チャレンジャーだな、おい!」
 リビングでおかあさんの笑い声が聞こえたあと、おかあさんは輝の肩に両手を置いて、輝はその両手をにぎりしめて、私の部屋に来た。おかあさんは私のベッドに座ると、輝の姿を見ていた。
「かわいいー。娘みたいだな、って思ってたけど、ここまでかわいいとは……思ってた」
「おかあさん! この服、今日一日、着ていていい?」
 私とおかあさんは互いを見つめたあと、おかあさんは微笑みながら言った。
「家の中なら、好きにしてて、いいよ」
「やったぁっ‼」
 飛び跳ねて喜んでいる輝の姿を見ながら、おかあさんが言った。
「娘が……増えたみたい」
「いるじゃん、ここに。立派な娘が」
「その娘、最近すっかり、大きくなっちゃって」
「……割と、ひどい」
「そうか、輝が、いたんだ。また、娘の子育てが、できるんだぁ」
「いや……」
「細かいことは、いいんじゃないの? なにより輝が、喜んでるし」
「雑な認識」
 そして輝を見ると、スカートを広げて回ってみたり、姿見の前でバレエのようなポーズを取ってみたり、すっかりワンピースが気に入ったみたいだ。
「ねぇ! 女の子に、見える?」
「見えるよー」
「かわいいよー」
「やったぁっ‼」
 輝は飛びはねて、喜んでいた。その姿は、私が小学生の頃みたいだった。
 ※眠くなってきたので、ひとまず、休止※
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あくまでこれ、『仮組み』です。
イメージを文章に落とすと、
「どう、出てくるか」
確かめたかった…
という感じの、ものです。
「まるっと」
書き直すかも、知れません。

あと、
「縦組みと横組みで、
 見え方が違うから」
いったん、横組みにして、
見てみた方が、いいみたい。
見え方が変わるから、
軽い校正の代わりや、
表現の検討も、できる感じ。

当然、あたしが書くもの、だからー。
輝は、このあと、
『認められ、まくります』
そういう小説が、
一本あっても、いいじゃん。

 知人のSNSを何とはなしに読んでいて、ふと知人と知人の間での「村上春樹論争」を思い出した。……確かに、そのままノルウェイの森へ進んでしまっては、狐につままれたような感想しか残らないだろうと私は思った。
 そういえば……村上春樹の本は、ほとんど実家に残して来てしまったが、ここにもあるはずだ。私は「頭が良さそうに見える、小道具」となっている、マルティン・ハイデッガーの形而上学入門、そして存在と時間を取り出した。その後ろに、村上春樹の本が何冊かあるはずだから。
 私の期待は、半分叶い、半分叶わなかった。確かに村上春樹の本は、あった。しかしそこには、1Q84、ダンス・ダンス・ダンスと、決して「初期の村上春樹作品」と呼べる本がなかったからだ。
 中国語の辞書の後ろまで手を伸ばしてみると、羊をめぐる冒険を見つけた。これであれば、かろうじて「初期の村上春樹作品」と呼べるだろう。私は上下巻になっている文庫を取り出し、椅子に座って読むことにした。
 この作品に出会ったのは、恐らく中学校を卒業する頃か、高校生の頃だ。私にも、むさぼるように村上春樹を読む時期があったのだ。その頃は、まさか私が小説を書くようになるとは、想像もつかなかった。その「想像のつかない頃」へ帰りたくて、本のページをめくった。
 ……そうか。「もっとも礼儀正しい酔っ払い」の描写は、この作品だったか。私は駆け足で本のページと、過去の私への通路をめくっていた。
「地震だ」揺れは治まる様子がない。戦後すぐに建てられたこの家だから、このまま地震が大きくなれば、家の形と共に私の命も崩れてしまうだろう。村上春樹の本を持ったまま、瓦礫に埋もれて死ぬというのも悪くない。私はそのまま、羊をめぐる冒険を読み続けることにした。家が揺れている。いや、世界が揺れている。私はその揺れをまったく気にせずに、羊をめぐる冒険を読み続けた。部屋の隅で、何かが崩れ落ちた音がした。かまわない。きっとこの後は、もっと大きなものが崩れ落ちるはずだから。悪くない、悪くない。私は揺れに身体を任せたまま、そのまま本を読んでいた。
 残念ながら、私は幸運ではなかったのだろう。気づいたら揺れは治まってしまっていた。私は本を閉じ、部屋の隅で起きた、小さな世界の異変を片付けることにした。
「よっこいしょ」
 家具の隙間に落ちた、たばこの箱を拾い上げ、元どおりに積み上げると、すっかり世界の異変は元に戻っていた。……そうだ。この出来事を小説仕立てにするのも悪くない。
 そして私は、最近買ったワープロソフトの画面を開いて、こうして何かを書いている。書く意味など、どこにもない。私はこういった、「意味の、ないもの」が大好きだ。わずかな時間の出来事だから、わずかな量にもならないだろう。実際、原稿用紙三枚程度で、結末を迎えそうだ。
 意味の、ないものだから、結論をつけるのはやめておこう。そう思い私は、ここで筆を置くことにした。

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「すごいよ」
一太郎の文章校正機能のモードに
「小説」が、あるからね。
三点リーダーとかの約物が、
奇数になっていると、
きちんと指摘してくれる。
「これで初めて、
 約物は偶数と、
 知ったんだけどね」
引っかかったところを、
直すか、無視指定をかけるか。
そしてもう一度印刷して、読んで、
「言葉としては正しいが、
 自分の意図とは違う」場所を、
注意深く、見つければいい。
どうやら、「書く道具」とともに、
有能な「編集者」も、手に入れたようだ。

『スチャラカ以外も、書けるんだからね!』
あー説得力がない。ないったら、ない。

若干、時間あるし。
リアルにやってて、
「もしや…そこ?」みたいな
何か、あったんで。
また、直打ちで、ゆるっと。

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 あー、取れない。キーボードの奥。
 シュレッダーのくず、はさまって取れない。この。逃げた。あとちょい。ありゃりゃ。

 だからさー。
 そりゃ、何も進まないって。キーボード打ってないもの。掃除しちゃってるもの。何だかこう、恨めしいよなぁ。目の前にキーボードがあるだけに。何かあるって、やってたのは、ここだよ。間違いなく。何が違うんだ?いろいろ、違うよ。お金もらうって、大変だよ。
 あとちょいだ。取れたからって、どうこうという、物じゃないけど。シュレッダーのくずだし。ほっ!はっ!逃げた!行けるか!
 飛んだぁ!取れたぁ!やったぁ!つかまえてっと。

 まぁ、さぁ。「動いていたものが、動かなくなる」時期って、キツいんだよ。そういうサイト行けばさぁ。中途半端で投げ出して消えてった方、数え切れないじゃん。なーんか、くやしい。下手に形になった気がするだけに。そこを天狗と言われれば、そこまで、だけど。
 …くやしいって、言ってる割には、力がないよね。動かそうという何か、ないよね。あの頃さぁ。もう、なんでもいいから、とにかく!っていう、力あったよね。
 でも「違う」んだよ。あの勢い・力は、「自転車で、転ばないために」出してたんだよ、たぶん。今自転車はって、「乗れてる感じ」がするから、余計な力、変には出せないんだよ。コケるから。でも、「自転車乗って、ないんだよ」何だこの、騙された感。あ、でも。「少し見えたぞ」今の自分が。「自転車出さなきゃ、いけないんだよ」乗るためには。出せるでしょ。心の中だから。
 出したところで。「行き先がわかんない」でも、行き先って必要なものだったっけ。子どもの頃を考えようよ。ただ、自転車乗ってりゃ良かったじゃん。それこそ、前の路地とあっちの道路で、ぐるぐる回って。とにかく、自転車乗るの。いいから!転ぶ?転べるだけ幸せなの!案外、転ばないから!行け。乗れ!自転車に!
 あー。うん。確かにこんな感じ。自転車乗るの。すぃー。くー。そもそも、気持ちいはずなの。何でだろうね。妙に嫌がって、乗らなかったのは。楽したかったんだろうなー。寝っ転がってたり、偉そうなこと言ってた方が、間違いなく楽だもん。自転車に乗るより。さっきからそうだけど、漕がないと、先に進まないし。若干でも、行き先も考えないといけないし。さぁ、久しぶりに行方不明。どこ行く?木下川橋まで行っちゃう?いやその。帰ってくるの大変そうだから、町内一周くらいで。
 そう。こう。自転車に乗れてるよ。いい感じ、いい感じ。今うしろ、振り返ったけど。いい感じに自転車に乗れてる。あー少しだけ、こう「進む」感じ、感じるよね。あ、残念。一回止まった。飛び出し注意。ここからだよ、ここから。ちゃんと見て、もう一回。ほら行ける。たぶん。行った。案外、騙されるもんだ。これかも知れないよ?「騙される」
 ちょ、ちょ、ちょ、考えるから止まる。騙される、騙される。この間書いた卒業式もさ。ある意味では「騙した」訳じゃん。読者様を。あんな風に都合よく、配置が揃う訳がない。そこをだよ。揃うように、世界があるかのように、何かをした。何をしたか。自転車乗ったんじゃなかろうか。乗り慣れちゃったから、乗り方には意識が向かなかった。むしろ、どこに行くかとか、どこ曲がるかとか、そっちを向いてたってことじゃんか。ひるがえって、今。自転車の乗り方、忘れかけた気がしたから、自転車出して乗った。乗れた。もしかしたら、だよ。この作業って、発表するかどうかは別にして。やっぱり意識はしないと、自転車に乗れないんじゃないの?言い方変えると、「おはなしが、かけない」自転車乗ってないのに、そりゃ漕いだって、進まないし、疲れるだけだよ。徒労感が残るだけ。だけど、やった気はしてるから、ダメだと感じる。あー。整理がついてきた気がする。
 そろそろ、戻る方向に。さて、やり方は人それぞれと言え、ここらへん。自転車、乗るのか。乗ってるのか。まず、そこ、気付かないと。心の中だから。準備してるのか、乗っかっちゃってるのか。わかんないときは、わかんない。乗れてる時と、浮かんだ時。これが偶然一致すると、この間みたいに、良くわかんないまんま、書けてしまう。で、再現できない。なぜかって、自転車に乗らずに漕いでるから。あー、若干難しくなってきた。何で自転車、乗れちゃうのか。出してもないのに。なぜか、書けてるときは「ある」 そこをー。再現性を付けるとしたらー。『儀式?』
 戻れ、もどれ!机に!なんか、そこ。儀式。書く、考える。その前に何か、儀式。何でもかまわないんだよ、何でも。…だから、難しいのか。でも、正しいかどうかは、全くわからないけど。何かは見えたじゃん。こう、考えたり、書いたりする前の、儀式。準備運動。ストレッチ。そんな感じの、何か。『整理?』紙出して、とりあえず、ぐりぐりやって、眺める。A5白紙は大量にあるし。「もしかしたら!!」

 ほら。シュレッダーのくずと格闘してた時からしたら、確実に考えること、出来るようになってるよ。あの作品で、舞由に何て言った?「じたばたすること。とにかくじたばたすること。絶対ダメなのは、吹かなくなってしまうこと」嘘は…言ってなかったんだ。
 また、不思議だよ。自分の作品から、何かを見つけ直した。「もしかしたら」何かから脱せてるのかも知れない。脱せてなくても、それは、それ。何回でも、空想の自転車で、町内一周。時によっては木下川橋かも知れないけど。「ちゃんと、乗って、考えるときは止まる」できるよ、たぶん。今夜、できたんだから。


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あのー。
作家が「謎の作品」書く理由が、
少しだけ、わかった気がします。
虫がうごめいていたりとか。
訳わからない所に行ったりとか。
嫌でも何でも、
「進もうと思ったら、書かないといけない」
久しぶりにきちんと印刷して、
赤入れ、してます。
「それで、これ」なのは、
勘弁してください。

もしか、したら。
『儀式』見つかるかも知れないです。
頑張ってみます。

何か、時間早いし、
「浮かんだ」んで、
『久々に、書いてみて、いい?』

細かいこと、決めずに、
「ゆるっ」と、書きます。

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「このベンチでさぁ…ずっと、おしゃべりできそうな、気がしてたんだけど。ね」
「私もです。この桜の木の下で」
「桜、散った後、また毛虫だよ?」
 私は笑い飛ばそうとしたけど、この子の表情は変わらなかった。

 二人でここでおしゃべりするようになったのは、いつからだろう。実は良く覚えていない。気づいたら二人で座っていた。特に約束した訳でもないのに、このベンチに来ると、なぜかこの子がいた。一学年下ってわかるまで、実は何か月もかかった。学年の違いなんて、小さなこと。そう思わせるくらい、このベンチとこの子は、私にとって、自然な存在だった。
 そして、気が付かなかった。一学年違うということは、私が先に、卒業しなければならないことを。それに気づくと、卒業が怖くて、卒業の話は私からはしなかった。それをこの子も感じていたのか、この子も卒業の話はしなかった。けど、時間は必ず過ぎてしまう。そして今日、卒業式が終わった。
 卒業式が終わった後、騒がしいクラスには目もくれず、急いでこのベンチに来た。そしてやっぱり、この子がいた。私がベンチに来た時、この子は私の目を見ると、すぐに目を伏せてしまった。そして私は後悔した。私の怖さだけで、卒業の話ができなかった。この子は私の怖さの犠牲になって、今日突然、私との別れになってしまう。思い切って卒業の話をしていたら、お互いに少しづつ、心構えができたはずなのに。自分の子どものようなわがままが、すごく恨めしく感じた。
「なんか…ごめん。私のせいだよね。急に、今日までってなっちゃって」
「そんなこと、ないです。覚悟は、してましたから」
「覚悟ができてなかったのは、私か。できなかったんだよね。壊すのが、怖くて」
「ずっと、先輩に甘えていたかったのに…」
 私は、この子にどう声をかけていいのか、わからなかった。しばらく二人で、だまってベンチに座っていた。沈黙を破ったのは、この子のほうだ。
「でも…先輩がいなければ、学校、やめてたかも知れないです」
「そんなに?」
「友だちもいないし、学校に来ても、ひとりぼっちだし。どうしようかなぁって思って、ここに座ったんです。そして気づいたら、先輩がいたんです」
「何か、もっと話、聞いてあげれば良かったね。私の話ばっかりしちゃった気がする」
「そんなこと、ないです。先輩は、私を見捨てませんでしたから」
「見捨てるなんて…」
「だって…必ずここに、いて下さったから」
 偶然もあるだろう。何か、見えないつながりもあっただろう。いつも二人で、ここにいた。けど、ここで会う約束は、一度もしたことがなかった。ここに来れば、必ず会える。そう思っていただけなのに、いつも、二人でいた。
「私はただ、自分が楽になれるから、ここに来てた。それだけだよ?」
「それが、良かったんです。だって、私はただ甘えていれば、良かっただけでしたから」
「そうだったら、すごく甘えるのが上手。私は甘えられてるなんて、思ってなかったよ?」
「そうでしたか?」
「なんかさ。友達とか、部活の先輩後輩とか、そういう形がある関係じゃなくてさ。ただ、ベンチでおしゃべりしているだけ。正直、妹に甘えられるのは苦手だけど、ここで嫌だと思ったことは、一度もなかった。もし、私に甘えていたんだったら、すごく自然だし、すごく優しい。だって、私の方が楽しかったから」
「優しいなんて、言われたこと、ないです」
「じゃ、私が言う。ずっと優しくしてくれて、ありがとう」
「先輩…」
「私、強がっちゃうからさ。そんなに素直じゃないんだ。けど、優しかったのは本当。じゃなきゃ、ここには来なかった。知らないうちに、私も甘えてたんだね。お互い、ちょっと素直じゃなかったかも知れないけどさ。気づいたら、お互いに甘えてたなんて、素敵じゃん」
「そうですね」
「もっと早く気づけば良かったけど。今日になっちゃった。けど何だろう。暖かい、って言うのかな。そんな気持ち。やっぱり、良かった。ありがとう」
「私も。先輩、ありがとうございます」

「四月から、ここは一人になっちゃうんですね」
「実はそれ、ずっと言ってなかったんだけど。たぶん、大丈夫。私には見えるんだ。私が卒業した後、ここに座る誰かが。同じ学年かもしれないし、後輩かもしれないし。そこまではわかんないんだけど、必ずここに、座る人がいるはず。だから、大丈夫」
「そうなん、ですか?」
「だって。一度も約束したことない二人が、ここでずっと一緒だったんだから。この場所には、何かあるのかも知れないね。自然と甘えられる相手に、出会える何かが。信じられないかも知れないけどさ」
「そう言われれば…そうですね。先輩の言うこと、信じていいですか?」
「私が、信じられるのなら」
 そう言って私は、この子に向かって、いたずらっぽく笑った。
「なら、信じます」
 そう言うとこの子も、笑った。すごく柔らかくて、暖かい笑顔だった。

「先輩、最後にわがまま、お願いしてもいいですか?」
「何?」
「…そのスカーフ、良かったらでいいんです。私に、もし良かったら、欲しいな、って」
「これ?」
 私はセーラー服からスカーフを外した。
「自分のスカーフ、外してくれる?そしたら…」
 私はこの子の首にスカーフを巻いて、胸元で結んだ。向かい合わせで結んだから、少し結び目が崩れたけど、ふしぎとこの子に似合ってた。
「ありがとうございます。まさか、本当になるなんて」
「私はもう明日からは、結ばないからね」
「今日が来るの、怖かったけど、夢でもあったんです。もし、先輩がわがまま、聞いてくれたらって。けど、断られたら。それが怖くて、私も今日のこと、言えなかったんです」
「私が三年間使ったスカーフだけど、それで良ければ」
「先輩の三年間に、守られてる気がします」
「ただの、古いスカーフだよ」
 そして二人で、また笑った。いっぱいおしゃべりしたと思ってたのに、今日初めて知ったこと、いっぱいあった。私は桜の木を見ながら、この子に聞こえないように小さな声で、「さようなら」と、言った。
(26号)

あいかわらず!
「ハードランディング!」
強行着地!
結末、何とかならんのか!
…でも、「書けた」
原稿用紙6枚。

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 合同演奏会が終わった帰り、鈴子先輩と美香先輩と、一緒に駅へ向かっていた。
「舞由、今にも泣きそうだよ?だいじょうぶ?」
 鈴子先輩が言った。今回、演奏会で演奏した結果は、決してほめられるものではない。むしろ、自分としては「最低」だった。緊張もした。練習も足らなかった。考えれば考えるほど、「最低」という言葉しか出なかった。
「やっぱり、だめ、でしたね」
 私は鈴子先輩に言った。
「演奏会のこと?」
「そうです」
「引きずってるのかぁ。美香、どう思う?」
「そうねぇ…」
 美香先輩は少し考えたあと、
「いいこと、教えてあげる。軽いクイズみたいなもの、ね」
 そして、私を見て、こう言った。
「どうしたら、失敗できるか。失敗するんじゃなくて、できるか」
「失敗を、やること、ですか?」
「違う。できるか」
 頭の中が真っ白になった。失敗を、するのではなく、「できる」って、何だろう。
「ほら美香、舞由が考えこんでるじゃん。舞由はまじめなんだから。…そこが、舞由のいいところ、なんだけどね」
「じゃ、あくまで、私の考え方ね」
 そして、美香先輩はこう言った。
「何かに挑戦して、実際にやってみること。舞由ならわかると思うけど、挑戦もしてない、何もしてないとしたら、失敗もできないじゃない?」
 そして鈴子先輩が、楽器ケースごと伸びをしながら、こう言った。
「舞由は、四月から吹奏楽部に入ってさ。ずっと前を向いていたじゃない?低音域が弱いと思ったら、自分でしっかり練習してた。できることが増えてるのよ。けど、舞由はそれに気づいてない。当たり前だと思ってる。もし、今回の演奏が、四月の舞由がやったとしたら、どう思う?」
「多分、先輩たちについていけていません」
「ほら、気づき始めた」美香先輩が言った。
「舞由は、挑戦したんだって。今回の演奏会に。自分で納得がいかないのは、あくまで自分から見ている姿。もし、舞由が今回の演奏が失敗だと思っているなら、失敗したんじゃなくて、失敗できた、の。ね、鈴子?」
「まぁ、時間かかるかもよ?そう考えるには。でも、私から見ている今の舞由は、決して悪い方には向いていないと思うな」
「どうして、ですか?」思い切って先輩たちに聞いてみた。しばらくしてから、美香先輩がこう言った。
「ちゃんと、自分が出した結果に向き合ってるから。もし、舞由にやる気がないんだったら、落ち込むことなんてできないと思うよ?」
 そして、美香先輩はこう続けた。
「つまり。失敗できたんだって。今回の演奏会は。何もしていないのに、失敗はできないでしょ?失敗はあくまで結果。けど、結果を出すには、挑戦しなきゃいけないでしょ?だから舞由は、ちゃんと挑戦した。失敗したと思うこと自体が、舞由が前を向いている証拠だと思うな」
 私は考え込んだ。駅が見えるまで、だまって三人で歩いていた。駅前まで来ると、鈴子先輩が突然言い出した。
「さて!美香、今年もやるよ!」
「…やるんだ。去年みたいに、あとで『太った!』とか、騒がないでね?」
「わかってるって!」
「何かするんですか?」私は鈴子先輩に聞いてみた。すると、美香先輩が首を横に振りながらこう言った。
「去年、鈴子は演奏会の後、ハンバーガーを三つ食べた。それも、一気に」
「えぇ?」
 鈴子先輩を見ると、目を輝かせていた。
「ほら、あそこのファースト。舞由も来てくれるよね?よし、後輩の分は先輩二人が出そう!」
「鈴子、勝手に決めないでよ!…でも、それがいいかもね。舞由を一人にさせたくないし」
「決まった!行こう、舞由!」
 鈴子先輩は私の手を引っ張った。そして、こう言った。
「舞由がいなければ、今回の演奏会、楽しくなかったと思うから。だから、私のわがまま、聞いてくれるといいな」
「いっしょに行きます!」
 私の心は、市民ホールを出た後に比べて、確実に軽くなっていた。まるで鈴子先輩と美香先輩に魔法をかけられたみたい。前を向くなんて、考えたことなかった。けど、先輩二人に言われて、少しずつ気持ちが変わっていた。もしかしたら、これが成長って言うのかな。けど、今のところは、魔法の中にいよう。そして初めて、自分が後悔していないことに気づいた。…失敗は、できるものなんだ。
「やっぱり、魔法なんですね」
「舞由、なにが?」鈴子先輩が聞いた。
「ひとりごと、です!」
「ヘンなの!」
 鈴子先輩が笑った。そして私も笑った。そう、笑った。そして今日眠るまで、魔法が解けなければいいな、と思った。

「おにいちゃん、おはよう!」
「夏歩かー。今、何時なんだー?」
「七時半!!」
「…早いよ」

 八月の最後の週、俺は夏季休暇を滑り込ませて、実家に帰ることにした。何かがしたい、というより、「休みたい」というのが本心だった。行きの電車の中では、縁側で一日寝ているのも悪くないな、と思っていた。実家について、横になっていたら、隣の芳ばあさんの家から、少女が覗き込んでいた。それが、夏歩との出会いだった。俺になついて、よく実家に遊びに来るようになった。そして今朝も、俺のところに遊びに来た。
「一緒に遊べるのも、あと二日しかないんだよー?」
「大人は疲れてるもの。そういうもの」
「つまんなーい!」
「わかったから。着替えるから、ちょっと待ってて」
 俺はパジャマからTシャツとジーンズに着替えた。特に気を使うような場所ではないので、ありあわせの服を鞄に詰めてきただけだ。着替えなんてすぐに終わる。夏歩は実家の飼い犬のジョンと遊んでいるようだ。普段から愛想のない犬だから、夏歩のことも相手にしていないようだ。一方的に夏歩がちょっかいを出して、ジョンが無視している。そんな光景だ。
「夏歩ー。いいぞー」
「やった!」
 夏歩は小走りで俺のそばに来た。
「で、今日は何をするんだ?」
「うーんと…思い出作り!」
「はぁ?」
「たとえばー。おにいちゃんが行った学校、見てみたい!」
「ただの田舎の小学校だぞ?」
「どんな道で、どんな風に過ごしてたか、おしえて!」
「…わかった」
 小学校か。何の変哲もない、田園風景の中の小学校だ。言い方を変えれば、「田舎の小学校」だ。しかし、都会育ちの夏歩には、変わったように見えるのだろう。俺は夏歩と一緒に、小学校へ向かうことにした。
「うわー!景色がひろーい!」
「…畑の中、だからな」
「あの背が高いのは?」
「あ?あれは田んぼ。米を作っている所」
「あっちは?」
「あれは…とうもろこし、だな」
「とうもろこし!」
 俺にとっては特に珍しくはないのだが…夏歩が嬉しそうなので、畑の中に入って行った。
「夏歩、来ていいぞ」
「勝手に入って大丈夫なの?」
「近所がやってる畑だし、俺が子どもの頃は、勝手に入って遊んだり、きゅうりとか食べたんだよ」
「おこられない?」
「たかが子どもが手を出す分には、誰も怒らないよ。昔からそうやって育って来たから」
 俺はとうもろこし畑につくと、とうもろこしを一本折って、夏歩に渡した。
「これが、取れたてのとうもろこし」
「葉っぱがついた、棒?」
「葉をはがしてみな。こうやって」
 俺は上の方から、とうもろこしの葉をはがしていった。夏歩は目を輝かせて見ていた。
「ほら、とうもろこしだぞ!」
「ほんとうだ!」
「ついで、だから…」
 俺はとうもろこしを二・三本取ると、夏歩に渡した。
「帰ったら、母さんにゆでてもらうから、持ってな」
「やった!」
 道に戻ろうとすると、軽トラックがやってきた。畑を作っている、親戚のじいさんだ。じいさんは窓を開けて、俺に向かって言った。
「けえって、きてたんかー!」
「とうもろこし、少し頂きました」
「かまねーよ!今年はたくさん採れたから、百本くらい持っててもいいぞ!」
「いや、そこまでは」
「その娘っ子は?」
「芳ばあさんの孫、だって」
「芳の孫に娘っ子、いだかなー?まぁ子沢山だから、おかしな話じゃねーなー!そいじゃ、別の畑さ行くから」
「おじいちゃん、ありがとう!」
 じいさんは大声で笑うと、クラクションを二回鳴らして、窓を閉めて走って行った。
「ほら、怒られもしなかっただろ?」
「…よかった」
「心配だった?」
「初めて、だから」
「ここに来たのも初めて?」
「それは…」
 夏歩の表情が急に暗くなったので、あえてそれ以上は聞かなかった。
「ほら夏歩、小学校まではまだまだだぞ」
「行こう!」
 夏歩と並んで再び小学校へ向かって行った。林が近づいてくると蝉が鳴いている。子どもの頃から、全く変わらない風景だ。
「蝉がいっぱい…」
「ここを抜けると、もう小学校だ。夏歩、怖いか?」
「だいじょうぶ!おにいちゃんと一緒だから!」
 林を抜けると急にあたりが広がり、小学校の校門が見えた。気にとめることもなく、小学校に入って行った。
「おにいちゃん、入って大丈夫なの?」
「卒業生が思い出して来ただけだから。何も言われないさ」
「ブランコがある!」
 夏歩が走り出してブランコへ行った。俺はそばのタイヤに座って、その姿を見ていた。ふと窓から人の気配がした。
「なんだぁ。遊んでるだけかぁ」
「すいません、お借りしてます」
「狸にしちゃあ昼間だし、おがしいなぁって思っただけだぁ。誰もいねぇから、子どもさん遊ばせていきな」
「ありがとうございます」
 白いサマードレスに麦わら帽子をかぶった夏歩が、ブランコに夢中になっていた。絵にかいたような夏の景色だ。俺はしばらく、夏歩の姿を見ていた。
「おにいちゃん、見ててー!…よい、しょっ!」
 夏歩はブランコに勢いをつけると、飛び降りて着地した。
「おー」
 俺は拍手をしながら夏歩のところへ向かった。夏歩がいなければ、小学校のことなんて忘れていた。「夏休み」という言葉が似合うような、そんな日だった。
 小学校から帰ってきて、母さんに茹でてもらったとうもろこしを、夏歩と食べた。夏歩は一本食べきらないうちに、眠そうな顔をしていた。そして、卓袱台に伏せるように眠り始めた。俺も傍らの座布団を折ると、枕にして横になった。八月の終わりに、こうして昼寝をするのも悪くない。俺はオフィスのことは忘れて、夏歩と昼寝をすることにした。
 気づけば夕方になっていた。夏歩はすっかり眠り込んでいる。悪いかなと思いつつ、夏歩を起こすことにした。
「ほら夏歩、もう夕方だぞ」
「…うん…」
「芳ばあさんが心配するから、そろそろ帰りな」
「明日また来ていい…?」
「午後の汽車で帰るから、それまではいいぞ」
「わかった…」
 名残惜しそうに、夏歩は隣の芳ばあさんの家へ帰って行った。

 翌日、また夏歩は俺を起こしに来た。
「今日は、どこに行きたいんだー?」
「おにいちゃんと、お話がしたい」
 元気の塊だったような夏歩が、少し寂しそうにしていた。
「じゃ、縁側に座ってな」
 俺は麦茶の瓶を冷蔵庫から出して、コップを二個、お盆に取って、縁側に持って行った。
「おにいちゃん…気がついてた?」
「何に?」
「おにいちゃんと一緒に遊べたこと、すごく楽しかった。だから、嘘をつきたくない」
「嘘…?」
 夏歩は脇に置いていた鞄から、紺色の手帳を出して、俺に渡した。…生徒手帳?写真は…夏歩だ。夏歩だけど…詰襟姿の写真だった。
「あゆむ…くん…?」
 写真から夏歩へ目線を移すと、スカートをつかんで、涙を浮かべた夏歩がいた。
「おかあさんに…七月中に夏休みの宿題終わらせたら…おばあちゃんの家に…行きたいって…。そして、おじいちゃんとおばあちゃんに、お願いしたの…。女の子に、なりたいって」
 俺はやっと気づいた。芳ばあさんの孫の一番下の子だ。歩。確か前に帰ってきた時も、遊びの相手をした覚えがある。俺は夏歩に向かって、こう言った。
「歩君とは何回か遊んだけど、この夏に一緒に遊んだのは、夏歩。それだけだ」
「ヘンじゃなかった?」
「この夏の思い出は、夏歩と遊んだ。それだけだ。俺も色々思い出したし、何より、楽しかった」
「おにいちゃん…」
 俺の胸の中で、夏歩が泣いていた。俺は泣き声を聞くことしかできなかった。

「主任!何考え事しているんですか!」
 俺は日常に戻った。いつものオフィスで、仕事に追われていた。パソコンには作りかけのグラフが出たまま、この夏のことを思い出していた。
「そのデータの分析、今日中ですからね!」
 部下に言われて再びパソコンに向かった。そろそろ午後四時半。ふと俺は携帯電話を持って、廊下に出た。相手は…夏歩だ。
「おにいちゃん!」
「俺だ。今週末、開いてるか?」
「それって、デート?」
「夏歩がそう思うのなら、そうかもな。けど俺にとって、夏歩は幼すぎるな」
「いじわる!」
「一緒に遊園地に行こうと思ったけど、いじわるなら、止めておくかな」
「えー!ごめんごめん。一緒に遊園地に行きたい!」
「帰ってからどうしてる?」
「つまんないけど…おにいちゃんが『夏歩』って呼んでくれるだけで、嬉しい」
「じゃ、遊園地で飲み物でも飲みながら、夏歩の愚痴につきあうか」
「なんか、いじわる」
「とりあえず、日曜日の十時、駅前でいいか?」
「うん!」
「また夏歩に会えること、楽しみにしてるからな」
「わたしも!じゃ、日曜日ね!」
 夏休みに会った、幻の少女は、こうしてお互いに少しずつ、現実になっていた。俺の前では、夏歩は夏歩だ。色々あるだろうけど、俺の前では自由にさせてあげたい。そう思いながら、自動販売機で缶コーヒーを買い、デスクに戻ることにした。俺は嘘は言っていない。…夏歩に会えるのは、楽しみだからだ。

今日、
「マジでヒマだった」のと、
「ハタコトレイン」騒動で、
思いついた。らくがき。
…直接投稿画面に打ってるので、
原稿用紙換算、はナシ!

---

「ふぅー」
ただのペットボトルのお茶が、こんなに美味しいとは。
火曜日。午前10時。

 第一営業部。
 幸い。部下に恵まれ、お客様に恵まれ。
 今期は、非常に業績も良い。
 管理職としては、これほど喜ばしいことはないだろう。
 何より、平和が一番。そう実感していたところだった。

「部長!」
「うわぁ!」
 突然、開発二課の中堅、富山が目の前にいた。「中堅」と言っても、社歴としては、既にかなりの出世をしていてもおかしくはない。切れる技術と人柄の良さ。富山には何度も、出世の話が出た。しかし富山の答えは決まっていた。
「課長以上は、嫌です。時間外手当つかなくなりますから。モチベーション保てないです」
 そう言われてしまうと、会社としては引くしかなかった。我が社として一番手痛いのは、「富山を失うこと」だった。安心して任せることができる。そして必ず、結果を出してくる。その『戦績』こそが、富山、そして我が社の武器だからだ。…その富山が、プロジェクトを無事終わらせ、しばらく本社にいる。という話は、昨日の定例会議で開発部から聞いたところだった。
「富山じゃないか。何だ?突然?」
「ロープレしましょう!」
 ロープレ?言葉の意味は簡単だ。「ロールプレイング」、仮想の設定の上で、本番を想定した訓練だ。主に営業サイドでは、顧客対応を想定したロープレを行う。実際に私も、部下のロープレの相手を何度もしている。システム営業は、形が見えないものを売る。片輪が技術であれば、もう片輪は話術、と言うこともできる。ロープレの顧客役は、相手の一挙手一投足を見ながら、一つ先を確実に読む。そして相手からの「球」に変化をつけ、投げ返す。高度な、頭脳を使ったキャッチボールだ。野球選手が基礎を怠らないように、有能な営業マンは「自分に何が欠けているのか」を追求する。ロープレから、客先への上司同行から、私なりのフィードバックを必ず返す。そこから「勝てる」営業マンが育つ。…しかし。富山は開発のエンジニアだ。営業マンではない。彼は、何をしたいのだ?
「藪から棒に。なにの、ロープレをするんだ?」
「客先同行するエンジニアとしての、理想の姿を、追及しましょう!」
「お、おう…」
 富山は確かにできる男だが…理想も追求する。理想を理想のままにしておかない。恐らく、生まれついてのエンジニアなのだろう。
「本社でくすぶっているのなら。何でも、します!」
 そこへ、別の男がやって来た。
「いやぁ、ウチの富山が。ご迷惑を。回収に来ました」
「課長!」
「はい。戻る。戻る。…プロジェクトの谷間で暇なのはわかる。ただ、他部署に迷惑はかけるな」
 開発二課長は、そう言うと富山の首根っこをつかんで歩き出した。しぶしぶ、という感じで、富山も歩き出した。


「はぁー」
技術もある。人柄も良い。それだけに…

 開発二課。
 二年越しの大規模案件が、無事終了した。
 この課の課長になって、初めての成果だ。
 お客様から、社長名での感謝状まで頂いた。
 会社あてと…「富山あて」の、二枚も。
 そこに…内線が鳴った。

「はい、開発二課」
「第一営業部の私だ」
「いやぁ、先ほどは失礼しました」
「いやいや。彼は決して失礼ではないよ。…突然だったがな。なぜ富山が空いた?」
「それが…アサインしていた案件が、その…」
「あ…」
 気まずい。そうとしか言いようがない。営業マターに開発は口出ししない。そこがこの会社の暗黙のルールだ。そして富山が本社にいる理由は…あと一歩、と言うところで本丸の案件を取り損ねたからだ。この件については、営業を責めることはできない。まさかあのタイミングで、発注元の役員が「内製」という言葉を言うとは…
「富山は…ウチで何とかします」
「彼は、どんな仕事でもするはずだ。それも喜んで」
「わかっては。いるんですが」
「次は…もうすぐ『現像』されるから、待ってくれ」
 そう言って電話が切れた。

「おい、富山はどこへ行った」
「書庫へ行くと言ってましたが」
 嫌な予感がする。私はあわてて内線をかけた。
「はーい、総務でーす」
 堅物の総務課長が…軽い。
「やーなに?今夜軽く?なんなら今から行く?すごいねぇ富山君って。総務の仕事かたっぱしから片付けて行っちゃった。派遣さんお茶引いてるんだけどさー、雑用ないかなー?」
「…この埋め合わせは。必ず」
 私はそっと受話器を置いた。

「かちょ、要は『仕事』があればいいんスよね?」
「課長、とはっきり言いなさい」
 部下の羽田が来た。ある意味では富山と対極と言えるだろう。技術力はいまいちだが、とにかく口が上手い。開発二課では、何かと衝突しやすい営業サイドとの橋渡しを一手に引き受けている。
「内線、借りヤすねー」
 羽田が私の席の電話を、まるでおもちゃのように操作した。
「あ、どもども富山さん。ちょっと相談あるんスけど。いいスか?了解っす!」
 がちゃん、と羽田が電話を置いた。しばらくすると、富山が帰ってきた。
「あー富山さん。お疲れッス!これー、まだ取れてないんスけどー、富山さんならどう考えるかなって」
「レポート、ってことか?」
「あーそんな粒度こまかくなくていいスよー!ざっくりで!まだ取れるかわかんないスから!」
「気になる点がいくつかあるな。借りていいか?」
「もちろんスよ!富山さんならわかる、と思って!」
「エンドは?」
「そこまででないッスよ!まーでも。『なるはや』で」
「わかった」
 受け取った書類を読みながら、富山が自席に戻っていった。慌てて私は、羽田を呼び寄せ、机に隠れるように小声で話した。
「お前、勝手にアサインするなよ!」
「大丈夫ッスよ!」
「富山が手をかけた、ってことは、富山が担当する、ってことになるんだぞ!」
「かちょ。…あれ、絶対に、取れないから」
「どういうことだ?」
「だってあれ。『失注』した案件、ッスから」
 私は真っ青になって、口をぱくぱくとしか動かせなかった。羽田は自分のスマホを私に見せた。
「ちゃんとほら。『失注』までの筋書き、完璧ッスから!あとは日付入れるだけッスよ!好きな日付を!」
 羽田はぱっと立ち上がると私に言った。
「じゃ。営業と『この件』、揉んで来るんで。長くなりそうッスね。行ってきヤす!」
 …羽田は堂々と「さぼってくる」と私に言ったも同然だ。しかし、私は何も言えない。富山を見ると、難しい顔をしてパソコンに向かっている。確かに、羽田の筋書きを使えば、当面富山への仕事はある。頃合いを見計らって失注を伝えれば、「取れないかも」と明言している以上、富山は何も言わないだろう。富山のさっぱりとした性格を、逆手に取った見事な手さばきだ。私は富山の「光」と、羽田の「闇」を同時に見た気がする。そう思った途端、胃のあたりに重い痛みを感じた。

 軽やかな昼休みのチャイムが、社内に響いていた。

スピーカーのテストで、
室内楽のシシリエンヌを
聞いていたら浮かんだ。
…原稿用紙6枚。
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 定期演奏会も終わった吹奏楽部は、みんなのんびりとしていた。もちろん、楽器の練習をしている子もいたけど、お菓子を食べながらおしゃべりしている子たちもいた。
 ふとトランペットの三年、小林先輩がこちらに来た。背が高くて、ベリーショートの髪型。ボーイッシュでさっぱりしているので、みんなに人気がある。バレンタインにはファンからチョコレートがいっぱい届くんだよ、と鈴子先輩が昔教えてくれた。
「美香、久しぶりにやろうよ」
 小林先輩は、美香先輩に声をかけた。
「小林先輩とできるのって、もう残りわずかですからね。やりましょうか」
 私は、何をするのかな?と思っていると、二人は音楽室の後ろの方のピアノへ向かって行った。そして、小林先輩がピアノに向かうと、
「美香、いい?」
 と合図をして、ピアノを弾き始めた。美香先輩は、伴奏に合わせてフルートを吹き始めた。…息ぴったりに伴奏と演奏が合っている。
「フォーレのシシリエンヌ、って曲だよ」
 鈴子先輩が耳打ちしてくれた。いつのまにか小林先輩と美香先輩のまわりに和ができていた。ピアノを演奏する小林先輩も、フルートを演奏する美香先輩も、すごく楽しそうだ。
そして美香先輩らしい、芯があるけど優しい第一オクターブのD の音で曲が終わった。突然の演奏会に、先輩二人の周りに集まった部員みんなはいつのまにか拍手をしていた。小林先輩はピアノの鍵盤のふたを閉じると
「…おしまい!」
 と言った。美香先輩が小林先輩に言った。
「小林先輩、辻坂さんをきちんと紹介で着てなかったですよね。中庭で休憩しませんか?」
「舞由ちゃん、でしょ?そういえば機会なかったね」
 小林先輩、鈴子先輩、美香先輩と私で、中庭で休憩を取ることにした。とつぜん鈴子先輩が私の肩をつかむと、小林先輩の方へ向けた。
「私たちフルートの希望の星、辻坂舞由ちゃんです」
「あらためまして。私は三年の小林初枝」
 そういって小林先輩は右手を差し出した。私も右手を出して握手をした。小林先輩の手は暖かだった。
「あの曲を美香と初めて演奏してから、もう二年か」
 小林先輩が言った。…二年?まだ美香先輩は入学していないはず。すると美香先輩が言った。
「学校見学のとき、私が楽器を持って押しかけたんですよね」
「あの時は本当に部員が少なかったからね。せめて何か演奏しようって、シシリエンヌを一緒に演奏したんだよね」
 小林先輩がなつかしそうに言った。そういえば三年生の数が少ないとは思っていたけど、そんなに少なかったんだ。受験とかいろいろあるのかな?位にしか思ってなかった。小林先輩はベンチに座って言った。
「鈴子や美香たち、今の二年生がいっぱい入ってくれた時は嬉しかったな。やっと吹奏楽部らしいことができるってね」
「でも」美香先輩が言った。
「学校見学の時、『シシリエンヌ吹ける?』って言われたとき、すごく嬉しかったですよ?まさかピアノ伴奏で吹けるなんて思ってなかったですし」
「私が卒業したら、シシリエンヌも思い出になっちゃうのかな」
 小林先輩は少し寂しそう。するとふいに鈴子先輩が言った。
「小林先輩、あとで私のピアノの練習、つきあってくれませんか?」
 そういえば、小林先輩と鈴子先輩はよくピアノを一緒に弾いていた。
「いいけど…校歌の練習でもするの?」
「違いますよ小林先輩。…私に教えてください、シシリエンヌ。そして」
 鈴子先輩は私を見ると、こう言った。
「舞由も協力してくれるよね。フルート演奏」
 美香先輩が続いた。
「そこは私がしっかり教えるから。…吹奏楽部のフルートに伝わるシシリエンヌ、舞由に託したいの。そんなに難しくないから、だいじょうぶ」
「私たちの代で一回切れてるけどね。三年にフルートいなかったから。でもそうかぁ。私が卒業してもシシリエンヌは続けてくれるのか」
 小林先輩が言った。私はさっきの演奏を思い出していた。ピアノとフルートが一緒になって、すごく素敵だった。でも、私ができるかな…?
「美香と舞由ちゃんのシシリエンヌも、きっとステキになりそうね」
 小林先輩が言った。美香先輩が続いた。
「小林先輩が卒業するまでに、仕上げます。ね、舞由、鈴子?」
「が、がんばります!」
 私は言った。鈴子先輩が続いた。
「私はだいぶ仕上がってるんだけどなー」
「鈴子、いつのまに練習してたの?」
 小林先輩が聞いた。
「家でこっそり。…私も小林先輩にあこがれてたから」
「てた、なんだ」
 小林先輩がいたずらっぽく言った。鈴子先輩はあわてて、
「あげ足取りですよー、小林先輩!」
 と言った。そして私は、美香先輩みたいに演奏できたらいいな、と思った。

「楽器の違い」
…フルート経験者じゃないと
わからないだろうなー。
まぁ、酒の席での話題にでも。
…原稿用紙5枚

--------------------
「先輩、そろそろ自分の楽器、って思うんですけど、どうですか?」
 練習の休み時間。みんな思い思いに過ごしている時に、たまたま鈴子先輩と美香先輩と一緒だったから、思い切って聞いて見た。
「買う、ってこと?」鈴子先輩が聞いた。
「はい」
 今の楽器は学校から借りているもの。先輩二人は自分の楽器を持っている。私も、そろそろ自分の楽器が欲しいな、って思ってた。
「買うな、までは言わないけど。その楽器がもの足りなくなってからでいいと、私は思うけどな」
 鈴子先輩が言った。もの足りなくなるってどんな感じなんだろう。すると鈴子先輩が、
「そうだ。美香の楽器吹かせてもらいなよ」
「私の楽器?舞由にだったら、いくらでも吹かせてあげるけど?」
 そう美香先輩は言うと、自分で何回か音出しをしてから、
「はい」
 と、自分の楽器を私に渡してくれた。ちょっとどきどきするけど、どんな感じなんだろう…?
「すーっ」
 あれ?音が出ない。っていうか、学校の楽器とは持った感じから違う。同じフルートのはずなのに。私はもう一度構えて吹いてみた。
『シードーレーミーファーソーラーシー』
 うー、すっごく音が出しづらい。美香先輩ならすらすらと吹きこなしてるのに。って思っていたら、鈴子先輩が出しぬけに笑い出した。
「中学デビューの美香の、三本目の楽器だもん。舞由が吹きこなせなくて当然だって」
 …言ってる意味がわからなかった。すると、鈴子先輩が続けた。
「舞由が今吹いている楽器、それは銀に見えるけど、銀じゃないの。銀より固い金属。美香の楽器はすべて銀でできているから、舞由の楽器より柔らかいの。柔らかいから弱くも強くも吹ける。けど、吹きこなすにはそれなりの『腕』が必要、ってこと」
「楽器ってみんな同じ、じゃないんですか?」
 私は美香先輩に聞いて見た。すると美香先輩が、
「舞由が吹いている学校用から、高いのはもうものすごいって。私も吹いたことはないけど、すべて金でできてる、とかね」
「金!」私はびっくりした。美香先輩がそのまま続けた。
「銀より金の方がもっと柔らかいの。だから、プロは楽器の表現力を求めて金の楽器にしたりする。もちろん、私たちの楽器より桁が違うって」
 そして、鈴子先輩が言った。
「『ものたりない』って気がしてくるって、舞由なら。その時でいいと思うけどなー。もちろん、買えるなら買っちゃっていいけどね」
 私は、手に持っている美香先輩の楽器を見た。…同じフルートに見えて、違うんだ。私は楽器を美香先輩に返した。
「そうだ美香。ちょっと遠いけど、あそこの楽器店に舞由を連れて行ってあげようよ。あそこなら色々置いてあるじゃない?」
「私もそう思ってた。色々な楽器を吹くってなかなか機会ないしね。…舞由、週末空いてる?」
「はい!」私は答えた。何かわくわくする。
「鈴子は?」
「私もオッケー」
「じゃ、今週末は楽器店に試奏に行きましょう」
「私ついでに駅前でパフェ食べたい!」
 鈴子先輩が目を輝かせて言った。美香先輩は少しあきれたような顔で、
「…やっぱりあそこのパフェが目的か。鈴子がめずらしくいいこと言うな、って思ってたんだけど、結局は食い気、か」
「すーっごく大きいんだよ、舞由。フルーツもいっぱいで。私大好きなんだ。舞由もいっしょに食べよう!」
 …なんか鈴子先輩、すっかり楽器よりパフェ、って感じになってる。けど、美香先輩の楽器があそこまで違うんだから、他の楽器はどんな感じなんだろう。そして鈴子先輩と美香先輩がいっしょだから、色々教えてもらえるだろうし。…でも、私も少しパフェが気になるな。三人で食べたらすっごくおいしいだろうな、って思った。

「スランプ」
…書くこと。
やめないこと。
…自分でやってみたら、三人が
「帰ってきました」
…原稿用紙6枚

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 あれ?と思った。昨日まで吹けていたフレーズが吹けない。…テンポを遅くして…やっぱり吹けない。
「舞由、どうしたの?」
 鈴子先輩が言った。
「何か急に…吹けなくなっちゃって」
 私はそう言ったあと、うつむいた。すると鈴子先輩はこう言った。
「スランプ、なんじゃない?」
「…スランプ?」
「あーるあるって。何か急に、できていたことができなくなっちゃうこと。ね、美香」
「私?」
 譜読みをしていた美香先輩が、突然なに?って感じでこちらを見た。
「舞由がスランプ気味なんだって、美香」
「そんな、わからないですよ」
 私はあわてて言った。だって、いつもと変わらない放課後だし、特にテストとかなかったし。
「あー、見事にスランプだ、鈴子」
 美香先輩はそう言うと、私の顔をじぃっと見た。
「何かヘンだなーって感じじゃない?いつもと変わりないはずなのに、何かが急に変わったみたいな」
「そうです。昨日まで吹けていたフレーズが、とつぜん吹けなくなりましたし、何かこう、自分が違う、みたいな感じです」
 鈴子先輩と美香先輩は顔を見合わせたあと、
「じゃ、みんなで中庭で休憩にしましょう」
 と、美香先輩が言った。
 中庭に行くと、いつもどおり誰もいなかった。
「ほら、これでも飲んで、舞由」
 鈴子先輩はそういって、いつもどおりお茶のペットボトルを渡してくれた。そして三人で、中庭のベンチに座った。
「いきなり来るのよねー、スランプ」
 美香先輩が、懐かしいかのように言った。
「自分でなんでだろう、どうしたんだろうって考えている時が一番つらいのよね、鈴子」
「そんな感じー。何か指動かないな、何か唇決まらないな、って思っているうちに、急にヘタになるって感じ。なんでだろ?って考えても答え出ないし」
 私は思わず聞いてみた。
「そういう時って、どうすればいいんですか?」
 すると鈴子先輩は私の前に来て、ぱんっ、と、軽く私の両ほほを手のひらではさんだ。
「じたばたすること。とにかくじたばたすること。絶対ダメなのは、吹かなくなってしまうこと」
 美香先輩が続けて言った。
「スランプでやめちゃうパターンってけっこうあるから。けど、それはもったいない」
 あいかわらず両ほほは鈴子先輩にはさまれたまま。それでも聞いて見た。
「これって、何とかなるんですか?」
 すると鈴子先輩は、両ほほから手をはなして言った。
「私たちも実は何回もあったのよ、そういう時期。特に吹き始め。ね、鈴子」
「で、ほんとにふとしたこと、帰りのバスが間に合わなくて行っちゃったとか、そんなことがきっかけで戻る感じ。急によ?」
 鈴子先輩はそう言うと、こう言った。
「なんでか、教えてあげようか」
「教えてください!」私は大声で言った。
「成長してるから。今まで苦労してやっていたことが、成長して、何も考えずに出来るようになっているから。でも、頭はこうしなきゃ、ああしなきゃって考えてるから、体と心のバランスが崩れて、吹けなくなる。ね、美香」
「舞由、すごくうまくなってるの気づいてないでしょ?音域も広くなっているし、何より音に無理がないし。…で、頭の中はいままでどおり、うまくならなきゃって考えているから、バランスが崩れて吹けなくなる。私はそう思うけど」
 鈴子先輩と美香先輩に言われて、むーってなった。確かに吹き始めの頃みたいに苦労しなくなった。その分、どう考えていいのか分からなくなった感じ。
 鈴子先輩は言った。
「だから、じたばたすること。つらいけど、じたばたすること。でも、やめないこと」
 美香先輩が続けた。
「私たちだって、ううん、みんなあるんじゃない?そういう時期。それを乗り越えてこそ、成長なんじゃないかな。だから鈴子も私も、アドバイスはできるって感じ」
「じたばた、ですか…」
 私は言った。でも、二人の話を聞いて、けっこうラクになった。そして言った。
「とにかく吹くこと、ですか?」
 すると美香先輩は、私を見てこう言った。
「そういうこと」
 むー。けど、吹いていようって気にはなった。つらいけど、がんばるしかないか。そしてやめないこと、かぁ。難しいようなかんたんなような。…私もじたばたするか。きっと先輩二人みたいになれる、そう信じて。
「じゃ、音楽室にもどりましょ」
 鈴子先輩が言った。いつもと変わりない放課後。だけど、何かが違う気がする。違うのは、もしかしたら私自身のかな、って思った。

「友情・仲間」

書きながら、
「登場人物が勝手に動く」
って感じだった。特に後半。
狙っていた話じゃないけど、
いざ赤を持っても、
「直す」って感じじゃなかった。
…原稿用紙6枚
だけど今回は、あえて
一枚自分に余裕を与えたって感じ。

--------------------
 放課後、「ちょっと一休みしよう」って言われて、先輩二人と一緒に中庭に出た。鈴子先輩が、お茶を買ってきてくれた。私は前から聞いてみたいことを、鈴子先輩にぶつけてみた。
「鈴子先輩が吹奏楽を始めたときって、どうだったのかな、って。…教えてもらえますか?」
「私の話?」
 鈴子先輩はきょとんとしていた。そしてしばらくまっすぐ前を見つめた後、話し始めてくれた。
「私は…。高校デビューだし、最初音も全然鳴らなかったし、最初はダメだって思ってた。美香がいなかったら、たぶん辞めてた」
 美香先輩は何も言わずに、やっぱりまっすぐ前を見ていた。鈴子先輩が続けた。
「ふいに美香が誘ってくれたの。部活が終わった後、お茶しようって。そして駅前のファーストフードで、初めて美香と仲良くなったの」
「きっかけがなかったのよね」美香先輩が続いた。
「鈴子と仲良くなるきっかけが。どう話していいんだかわかんなかったし。だから、思い切って声をかけた、ってわけ」
「あの時は…私が一方的に泣いてた、って感じだった。寂しかったし、自信もなかったし。やっと話ができると思ったら、涙が止まらなかった。ね、美香」
「その時の鈴子は、まるで私の中学時代を見ているみたいで、こっちもつらかった。私の中学時代に欠けているものって何かな、って思ったとき、『友だち』って思った。だから思い切って、鈴子を誘った」
「美香先輩の中学時代?」
「私の話はまたにするとして。鈴子の話を知りたいんでしょ? …きっかけがあったら、私の中学時代も話すから。だから鈴子、話してあげて」
「音も鳴らないし、教えてくれる先輩も部活になかなか来ないし。正直美香がまぶしくてしかたなかった。音も鳴るし、曲も吹けるし。…正直、話なんかしてくれないだろうな、って思ってた。私みたいなでき損ないに、ってね。そしたらお茶に誘ってくれた。…話してみたら、私が悩んでいたことみーんな経験してた。私ひとりじゃないって思ったら、涙が止まらなかった」
 美香先輩が、鈴子先輩に言った。
「あの時の握手、覚えてる?」
「絶対わすれない。美香の方から、お友だちになりましょうって、手を出してくれた」
「私はあの時、少し怖かったんだ。鈴子が心を閉ざしちゃったらどうしよう、って。鈴子がぼろぼろ泣きながら、握手をしてくれた。なんか一緒になって泣いちゃったんだよね、あの時」
「二人でぼろぼろ、泣けるだけね。でも泣いたあと、すごくすっきりした。だから、私からもういちど美香に、『お友だちになってください』って手を出した」
「そこで私と鈴子は握手をした。そして、今の二人ってわけ」
 美香先輩が話し終わった後、鈴子先輩は少しだけ鼻をすすった。そして、
「だから二人で決めたんだよね。後輩が入ってきたら、絶対に仲良くしようって。…いざ後輩が入ってきたら、人なつっこいし、いつもそばにいてくれるし。あなたとは自然と、仲良くなった。それはきっと、美香も一緒。ね?」
「色々と教えてあげたいことはいっぱいあるけど、絶対に同じ目線でいようって。鈴子や私のように、寂しい、つらい思いは絶対させないって。…仲良しごっこって言われてもいいや、って。そしたら、あなたには素質があった。何より、すぐ音が出た。仲良くならない理由なんて、ないじゃない?」
 私は入部してからのことを思い出した。
「だから…」
 いつも鈴子先輩が引っ張ってくれて、うしろで美香先輩が、あたたかく笑っていてくれた。クラスメイトから聞いていた先輩後輩って言うより、友だち?ううん、『仲間』って言ったほうがいいかも。私がつらいときは、先輩二人が必ずそばにいた。寂しくなんてなかった。できれば、ずっと一緒にいたいって思うようになった。私は立ち上がると、先輩二人に言った。
「これからも、よろしくお願いします」
 鈴子先輩と美香先輩は一瞬顔を合わせると、かけ寄って、両側から抱きしめてくれた。
「ねぇ美香、あらためて言おう。『入部おめでとう』」
「『入部おめでとう』 鈴子と、私と、あなた。…一緒にいてくれる?」
「もちろんです」
 ふいに涙が出た。すごく心はあったかいのに。不安なんてどこにもないのに。何だろう…
「うれしい、です」
 私がそうつぶやくと、二人ともぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「私たちも、うれしい。ね、美香」
「うれしい。ね、鈴子」
 空には、春から夏に変わるぞと、大きな雲が流れていた。青空は、ものすごく青かった。

Win8ノートの
LibreOfficeで
「書けるか」のテスト。
…原稿用紙五枚

--------------------
「この環境で執筆、できるのかね?」
 メインコンソールの前に座った、禿げ上がった中年の男が言った。
「誰も書いたことはありません。強いて言えば、あなたが最初です」
 部屋に搭載されたAIが答えた。
「まいったね、こりゃ」
 中年の男はキーボードを叩き始めた。目の前には原稿用紙を模したワープロソフトが動いている。男は、とりあえず、といった文章を打ち始めた。
「とりあえず、例のごとく五枚で」
「お好きなようにどうぞ」
 AIは機械だ。人間に対して出過ぎた真似はしてこない。男は三枚のディスプレイに囲まれている。ごそごそとディスプレイの角度を変えたり忙しい。
「一枚のサブディスプレイ、これは役に立たんぞ」
「お好きなようにどうぞ。提案ですが、動画でも流しておけばどうでしょうか」
「そうしてみるか」
 男はサブディスプレイを見上げると、慣れた手つきでブラウザを操作した。
「こりゃラジオ代わりにできるかもしれないな。しかし、遅いぞ」
「入出金管理データからしますと、これ以上の出費は生活できなくなる恐れがあります。警告として報告します」
「…さすがはAIだな。しっかりしおって」
 そして男はキーボードを叩き続けた。色々と文句をつけているが、男はまんざらでもない様子で、キーボードを叩いている。たまに無精ひげに手を当てて考え込んでいる。目線は原稿用紙と、現在のページ位置を示す数値を行ったり来たりしている。
「時刻警告します。翌朝の予定は早朝です」
「わかっておる!」
 しかし男は手を止めなかった。自分に課している枚数までは、書き上げないと満足しないのだろう。最悪布団からも這い出してきて書き出す、そういう男だ。
 サブディスプレイは大編成の吹奏楽曲を全画面で表示している。音はあえてサブディスプレイの小さなスピーカから出されている。執筆の邪魔をしないためだ。
「AIよ、今夜はもしかしたら、最高の傑作ができるかもしれないぞ」
「時刻警告中です。現在時刻は…」
「止まれ!声をかけたこちらが悪かった!」
 男は足元暖房を入れると、またキーボードを叩き始めた。年末になり、段々と冬らしさがやって来始めた夜だった。
 ふいに男は右手を上に伸ばした。と同時に、プリンタからプリントアウトが出てきた。慣れた手つきで紙の束をつかむと、印刷結果を確認していた。二枚のサブディスプレイには、片方は管楽器主体のフュージョン、片方は資料用のWebブラウザが開かれていた。かろうじて聞き取れるかどうか、の音量でフュージョンが鳴っている。すると画面が切り替わり、別の吹奏楽曲が流れてきた。男は吹奏楽好きのようだ。
「さて」男は独り言を言った。
「かなりまともだ。少なくとも、私のレベルであれば文句は言えまい。早く気付いておればよかった。邪魔されず、必要な情報にはすぐ手が届く。AIは返事をせんでいいぞ!」
 部屋には足元暖房のファンの音と、かすかに聞こえる音楽、そして男が叩くキーボードの音が響いていた。男はシステムアップデートの画面を出すと、マウスで掴んでサブディスプレイへ持って行った。
「しばらく使っていなかったからな。アップデートも溜まっておるだろう」
 また男は独り言を言うと、原稿用紙に向かい始めた。
「さて」男は言った。
「そろそろ着地点だが、一体ここはどこなんだ?AIは今の言葉聞いていたか?」
「あなたの部屋です」
「それはわかりきっておる!昔のIT業界のジョークじゃあるまいし。私の文章の位置を教えろと言っているんだ!」
「5ページ目、7行です」
「そろそろ筆を置くか」
「いつものペンなら、すぐ右手にあります」
「その筆じゃない!」
 男は独り漫才を、原稿用紙に記していった。そして原稿を印刷すると、満足げに眺めていた。トランペット協奏曲が、サブディスプレイから流れていた。

「挫折する物書き」
という姿が降って来たので。
…原稿用紙6枚
「なんだけど」
…削れない。
何度読み返しても三行削れない。ちくしょう。

--------------------
「俺の言わんとする事は、解るだろう」
 電話の向こうで彼はこう言った。雑誌の次の号は新人賞の候補発表だ。つまり、候補が決まった、と言う事だ。
「正直に言う。君の原稿は、下読みから上がって来なかった。つまり、そういうことだ」
 新人賞には膨大な数の作品が持ち込まれる。選者の作家が全部目を通すことは無い。作家の卵、編集部員、ライター連中、そう言った立場の人間があらかじめ下読みする。そして、これと言ったものを候補に上げていく。候補に上がらなければ、当然賞には入らない。
「もう五回になるだろう」電話の向こうで、煙草に火をつける音がする。
「君の生活だって見て来たさ。貯金を切り崩して、ロクな物も食べずに、真摯に作品だけを作り上げて来た。その姿勢は評価するさ。けど、結果は結果だ」
「あきらめろ、という事ですか」
 やっと僕は口を開くことができた。
「そうするかどうかは、君の勝手だ。ただ一つだけ忠告したいとすれば、生活を立て直せ、ということだ」
 僕は机の上に目を落とした。書きかけた原稿の他に、書きなれない履歴書と、写りの悪い証明写真が置いてある。
「一年や二年、すこし離れてみちゃどうだい。君は生活を立て直す。地に足をつける。趣味で書くな、までは言わないさ。時間があれば、また持ち込んできてもいい。最初に俺のところに来た時みたいにね」
 もう何年前になるだろう。五年は経っていることは確かだ。恐る恐る編集部へ電話をかけた時、出てくれたのが彼だった。とりあえず持ってこい、話はそこからだと言って、その時は電話が切れた。彼との付き合いはそれからだ。
「結果は分かりました。ご連絡に感謝します」
「君の人生だ。俺にはどうすることもできない。…判ってくれるよな」
 そう彼が言うと電話が切れた。僕はしばらく受話器を持ったまま動けなかった。ようやく受話器を置いて、机の上の書きかけの原稿を破いた。思い切り破いた。そして、あえて台所の生ごみの中に放り込んだ。
 それからどれだけ時間が経ったろうか。僕は履歴書に写真を貼り、封筒に入れて封をした。宛名はもう書いてある。切手も貼ってある。あとはポストに入れるだけだ。
 部屋の外に出たときに、隣の奥さんとばったり会った。奥さんはにっこり笑って「こんにちは」と言った。僕はふと、あることを思いついた。
「確か子供さん、小学生でしたよね?」
「言う事聞かなくて、困ってるのよ」
「ちょっと待っていてください」
 僕はそう言うと、急いで机に戻って、まだ使っていない原稿用紙の束をかかえて、部屋を出た。
「これ、子供さんに使ってください」
「あら、こんなにいいのかしら?」
「…いいんです」
 奥さんは原稿用紙の束をぱらぱらとめくった。
「これ、銀座の老舗のじゃない。小学生にはもったいないわよ」
 形から入ろうとして、銀座の街を迷いに迷って買った原稿用紙だった。
「いいんです。紙は紙、ですから」
「ウチも困ってるから、頂いちゃうわよ?」
「どうぞ、差し上げます」
 僕はそう言うと、アパートの階段へ走り出した。そうでもしないと、未練が残ってしまう。アパートの階段を駆け下りて、ポストの前に来た時には、すっかり息が上がっていた。そして、用意していた履歴書をポストに入れた。
 この厳しい世の中で、何年も空白が空いている履歴書が、どれだけ通用するかわからない。けれど、彼の忠告は聞こう。確かに、僕の生活も限界が近づいていた。僕の中で何かが崩れる音がした。生きて行かなければ、そう自分に言い聞かせた。
 数日後、アパートのポストには、お決まりの文章で書かれた不採用の通知が届いていた。また破いた。思い切り破いた。そしてまた、生ごみの中に捨てた。
 僕は机に向かうと、もう一度履歴書を書き始めた。今喰らいつくべき物は文章じゃない。仕事だ。五年以上戦い続けて来た事を思えば、一度や二度で負ける訳にはいかない。百回だって負けてもいい。僕はコンビニに置いてあった求人誌から、自分ができそうな仕事を選んで、その宛先を封筒に書いた。屈辱を感じないと言えば嘘になる。けれど、自分に勝たなければ。いつか生活を立て直して、また魔物と戦ってやる。封筒に貼った切手は、ほんの少し傾いていた。

イメージ先行、だから、
「二人が校歌」ってイメージが
浮かんだら、それをどう
お話にするか、っていう感じ。
「ステージ見学」
原稿用紙5枚。…って案外短い。

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 先輩から言われた注意は、「迷子にならないように」だけだった。お手洗いすら注意、って聞いた。確かに楽屋口から入って、楽屋につくまで、何階にいるかすらわからなくなる時が何回もあった。ホールって反対から入るとこうなってるのか。
「ステージ見学、いきまーす!」
 部長のもとに集まって、みんなでステージ見学に行くことになった。途中、変な形の階段やら、スロープがあってわかりづらかった。
「ね、言ったとおり、でしょう?」
 鈴子先輩が私の方を振り向いて言った。
「確かに、迷子になります」
「だから、何かの時は声かけてね」
 美香先輩は鈴子先輩をつっつくと、
「先輩づらしてるー」
 って鈴子先輩に言ったけど、美香先輩はいつもとちがって、ちょっとはしゃいでるな、って思った。
 急に天井が高くなった。椅子やら打楽器やらが置いてあって、他の学校の子たちが準備に追われていた。
「本番前にはここで精神統一、だから。覚悟しといてね」
 そういう鈴子先輩の頭をぽん、と叩いて
「おどかすな!」
 やっぱり美香先輩、ちょっとはしゃいでる。
 みんなに続いて歩いていると、急にステージの上に出た。指揮台を囲むように、椅子と譜面台が並んでいるのは音楽室と変わらない。けど、指揮台の後ろは客席がずぅっと並んでる。そして、なにか空気が違う。そう思っていると、美香先輩が教えてくれた。
「指揮台に向かって、後ろの壁。これは音が客席に回るように設計されてるから。この壁、動くのよ?もちろん今日は、この形で動かないけど」
「だから、舞台の上は少し雰囲気が違って感じるかもね」
 鈴子先輩が続いた。
「フルート二人ー、例のやってよー!」
 先輩たちのくすくすとした笑い声と、何か期待するような雰囲気。そして鈴子先輩と美香先輩は少し困った顔をしてる。
「…去年やらなきゃよかったか、美香」
「…やっちゃったものは仕方ない。今年もやるか、鈴子」
 何のことだろう、と思っていると、鈴子先輩と美香先輩は、指揮台のところに、客席に向かって立った。そして、
「…せーの!」
 鈴子先輩と美香先輩は、校歌の最初のところを二部合唱で歌い始めた。たった二人が歌っているだけなのに、声だけなのに、客席に二人の声が飛んで行っているのがわかる。まるでコンサートの曲目みたいだ。あっけに取られている間に、一番が終わって、先輩二人は客席に向かっておじぎをした。ふいに拍手が起きた。私も、気づいたら拍手をしていた。
 小走りで帰ってきた先輩二人、顔が真っ赤。そして、少しバツが悪そう。
「…先輩たち、すごい」
 私が言うと、めずらしく美香先輩が先に話し始めた。
「去年、二人でゲリラ的にやったんだ。ホールの舞台ってどうなんだろう?試してみる?って。ね、鈴子」
「あくまで見学、演奏はダメなら、歌はどうだってね。他校の合唱部も参加しているから、本当はNG、なんだけどね」
「今年もやったのか、おまえらー!」
 顧問の先生は、怒っている風で、少し誇らしげ。
「怒られるのはアタシ、なんだぞ!」
 先輩二人のおでこを、それぞれつん、つん、とつつくと、顧問の先生は何も言わず去って行った。
 鈴子先輩が私の右手を取って言った。
「本番では、あなたのフルートの音が、客席に飛んでいくからね」
 そして美香先輩は私の左手を取った。
「あなたは強くなった。鈴子と私のいいパートナー、ううん、三人そろってこそのフルート。いくぞーっ!」
 二人は私の手をいきなり持ち上げて、
「おーっ!」
「おっ、おーっ!」
 少し遅れたけど、私も言えた。体育館じゃないステージははじめてだけど、すっかり緊張はなくなっていた。あらためて客席を見て、本番が楽しみ、と思った。自信ってこういうものなのかな、って思った。

いやー、
「すっきりしない」から
ボツってたのよ。
…ピッコロの演奏動画で
音域の確認取れたから、
えーい恥かくなら今だーっ!
…原稿用紙6枚。なかなか5枚にならない。


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 古川先輩が、各パートに譜面を配っていた。私たちフルートのところに来た時に、鈴子先輩に言った。
「ピッコロ持ち替えでお願いします」
「えーっ、この曲ピッコロあるのー?」
 …ピッコロってなんだろう。名前だけは聞いたことあるけど。
「あたしピッコロはムリ。美香にあげる」
「えー、私この曲はファースト吹きたい」
『じゃ、じゃーんけ…』
 先輩二人の動きが止まった。そして二人とも、私を見ている。
「…いた。ね、美香」
「そういえば、ピッコロなしの曲が続いたから、ピッコロ出す機会なかったね」
「よーし、さっそく挑戦してもらおう」
 鈴子先輩は楽器庫へ行くと、小さな楽器ケースを持ってきた。中には、黒くてフルートをすごく小さくしたような楽器が入っていた。鈴子先輩は楽器を組み立てると、机の上に置いてあったチューナーの電源を入れて、チューニングを始めた。
「鈴子、なんだかんだ言って音出るじゃん」
「高音ニガテなんだって」
 そして鈴子先輩はにっこり笑うと、「はい」とその楽器を私に手渡した。
「これって何ですか?」
「それがピッコロ。吹き方も指使いもフルートと同じって思っていい。試しに吹いてみてよ」
「なにごとも挑戦、挑戦」
 鈴子先輩と美香先輩に見つめられて、うーと思ったけど、こうなったら引けない。小さくて構えずらい。えい、どうにでもなれ!
「すー」
 鈴子先輩が私の正面に来て言った。
「一発目はやっぱり音出ないか」
「鈴子、先輩二人が見つめてれば、緊張して音出ないって」
 美香先輩はかばんから鏡を出すと、机に置いた。そして、
「ムリしなくていいから。大丈夫、音出るって。鏡で研究してみて。じゃ鈴子、ファーストについて落ち着いて相談しましょ」
 鈴子先輩と美香先輩が落ち着いて相談、と言い始めたときは『お互いに譲らないぞ』ということみたい。前もヒートアップして、まわりの先輩たちが止めに入ったっけ。
 さて。渡されたピッコロを手の中でもてあそんでいた。鏡で研究、か。私は鏡の前でピッコロを構えると、もう一度吹いてみた。
「すー」
 やっぱり音出ない。角度かなぁ。息のスピードかなぁ。小さくて構えづらい。…えーい、思い切ってみよう!
「ぴー」
 びっくりした。ものすごくびっくりした。ピッコロから、いきなり音が出た。鈴子先輩と美香先輩は、『相談』を中断して私のところに来た。
「もう一度、やってみて」
 鈴子先輩はすごく真剣な顔で言った。私は、思い切ってもう一度吹いてみた。
「ぴー」
「一オクターブ下をイメージしてみて!」
「ぽー」
 鈴子先輩と美香先輩は、私の顔をじぃっと見つめた。鈴子先輩が口を開いた。
「美香、第二オクターブから出たよね、音」
「出た。第一オクターブに下がることもできた」
「指使いを第一オクターブのレにして、最後に音を出した時をイメージして音出ししてみて」
 鈴子先輩に言われるがままに音を出した。
「ぽー」
「音階、上がってみて。Dのスケールで」
 レーミーファーソーラーシードーレーと音が出せた。すかさず鈴子先輩が言った。
「そのままもう一オクターブ上がってみて!」
 レーミーファーソーラーシードーレー
「第三オクターブ!フルートと指おんなじ!」
 レーミーファーソーラー…あれ、音出ない。あれ?と思って顔を上げると、鈴子先輩と美香先輩がお互いを見つめあっていた。
「正直に言う。美香、この子私より音域広い」
「曲になるかは練習しだいだけど、こんなに身近にピッコロ奏者がいたとはね」
 それって、私のこと…?と思っていると、鈴子先輩が隅にPic.と書かれた譜面を私に差し出した。そして、
「協力してくれるよね、美香」
「この子がピッコロ吹いてくれれば、私がフルートのファースト、鈴子がセカンドでぴったり。一緒にがんばろうね!」
 美香先輩が私の肩をぽんっ、と叩いた。いろいろうまくいったみたいだけど、何かの夢みたい。目覚まし時計は鳴らないよね。生まれて初めてのピッコロ。よし、うまくいった!ほっぺつねりたいけど、先輩に笑われそうだから、やめておいた。 

「コケ方」を主題に、
ショートショート。
…こんな先輩いたらよかったな。
…だいぶはみ出した。
 原稿用紙7枚。
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 全楽器でロングトーン、その間にチューブラベル。決まった、というところで古川さんのタクトがひゅっと回る。息ぴったりで演奏が終わった。…たぶん、私をのぞいて。
「いい方向に仕上がってきています。ちょっと長く練習したので、思い切って三十分間休憩したいと思います」
 古川さんがにこやかに言った。みんな伸びをしたり、手元の水を飲んだり、のびのびとしている。けれども、私は楽器を持ったまま動けなかった。展開の部分、十六分音符が連符になっているところ。どうしてもそこで私は止まってしまう。さっきの練習も、止まったまま曲が終わってしまった。
「おーい、息してるかー?」
 鈴子先輩が膝を抱えて、私の顔をのぞき込んだ。
「気にしてるんでしょ?連符で止まっちゃうこと」
 私はこくり、とうなずくことしかできなかった。
「まぁ、今の段階で、止まっちゃうのは仕方ないとして、もう一度演奏に入れるか、よね」
 鈴子先輩は私の隣に座った。そして、譜面を指でなぞった。
「ここの、十六分で下がり切ったところ、ここから上がれないのよね」
「そうです」
「ゆっくり吹いてみようか。たん、たん、たん、たん、この位で。一緒にやろう。じゃ、下がる二小節前から。いい?」
 鈴子先輩は楽器を構えた。私も一緒に構えた。
「じゃ。たん、たん、たん、たん、さん、に、…」
 鈴子先輩と一緒にフレーズを吹いた。二小節前は平坦なフレーズ。四分、八分、八分、八分。それをもう一回。そして第三オクターブのEから一気に十六分でかけ降りてくるところ、そこから一気にかけ上がれない。
「うーん、フレーズはただ下がって上がるだけ、なんだけどな。けど、完全に止まっちゃうね」
 鈴子先輩は譜面をなぞりながら言った。そして、止まってしまうフレーズの少し先を指さした。
「ほら、登り切ったところ。ここの二分音符。下がり切ったら、登ること一旦忘れよう。ここの二分音符からもう一度入れない?さっきのところからやってみよう。じゃ、さん、に、…」
 言われたとおりに、十六分で下がり切ったら登らずに二分音符を待った。そうしたら、二分音符から演奏に戻ることができた。しばらく鈴子先輩と吹き続けて、鈴子先輩が止まった。私も演奏を止めた。そして、鈴子先輩が言った。
「戻れたじゃない」
「でも、十六分で登れてないです」
 鈴子先輩は、私の方を向いて言った。
「じゃ、たとえ話。マラソンで全員いっせいに走ってる。目標は、全員ゴールすること。途中、どうしても転んじゃう。転びっぱなしだとどうなる?」
「ゴールできません」
「じゃ、転んだけど、もう一回走り出したら?」
「たぶん、ゴールできます」
「答え出してるじゃん!」
 鈴子先輩は、いつもみたいに私の髪がぐしゃぐしゃになるほど、力を入れて頭をなでてくれた。そして、
「私も、吹き始めはどうしても吹けないフレーズとかいっぱいあった。正直なこと言えば、今でも苦手なフレーズっていっぱいある。けど、失敗したら立て直せること。私はそれも大切なことだと思う。次の合同練習からは、とりあえず戻ること。そこだけ考えたら?」
「…それでいいんですか?」
「そのうちに、自然と登れるようになると思うんだけどな。だって、吹き続けてるんだから。とんっ、と押されたら、絶対登れる。まずは止まっても演奏に戻ること。そこから始めよう。ね?」
 鈴子先輩の言うとおりだ。ひとりでずっと止まっていたら、ゴールできない。一緒にゴールできないから、ずっと練習がつらかった。…できることから、やってみよう。
「時間でーす」
 部長の声が音楽室に響いた。みんな席に戻った。古川さんも指揮台に戻った。
「では、全パート最初からとおしで」
 タクトが宙を舞う。タクトがピンと前に出た瞬間に、全員が演奏に入った。あれ、演奏ってこんなに楽しかったっけ?
 そして、どうしても止まってしまう所が近づいてきた。止まったら戻ればいい、そう言い聞かせた。思ったとおり、十六分でかけ降りたら止まってしまった。けど、先の二分音符で戻ればいい。……今だっ!
 気づいたら演奏に戻っていた。最後の金管と木管での主題のかけあわせ、そしてロングトーン。チューブラベルが曲の終わりを告げている。古川さんのタクトがひゅっと宙を切り裂いた。…そして、演奏が終わった。
 ぼーっとしている所に、鈴子先輩と美香先輩が、楽器を持ったまま、私の前にしゃがみこんだ。
「戻れたじゃーん!」
「大進歩!だいじょうぶ、きっとできる」
 私は、今まで感じていた、演奏後のうしろめたさがないことに気づいた。そして、できたんだ、という気持ちになっていることに、やっと気づいた。
「止まったけど、吹けました」
 私はぼそっと言った。鈴子先輩と美香先輩は一瞬顔を合わせると、私を向いて、声をそろえて言った。
「吹ききった!」
 鈴子先輩が私の前で膝をついた。そして、目線を合わせてこう言った。
「苦手なフレーズは時間をかけて、ゆっくり練習しよう。まだ本番までは時間があるから、きっと完成するって!」
「はいっ!」
 私は、こんなに元気に返事ができるなんて、と思った。きっとできる、初めてそう思えるようになった。…失敗も怖くない。フレーズはまだ吹けていないけど、何かから抜け出した。私は、そう思えるようになっていた。

「ラスト・ステージ」の
最終稿、
こっちに持ってくるわよ。
…うわーへたくそー…

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 演奏が終わって、一斉に拍手が鳴り出した。指揮の子がスタンド・アップの指示を出す。全員が立ち上がったあと、指揮の子が指揮台から降りて、深々とお辞儀をした。…一斉の拍手にふさわしく、見事な演奏だった。そして、松川高校の子たちが、静かに舞台の下手に進んで行く。
 舞台の両手方向から、セッティング係の三商の子たちが出てきて、椅子や譜面台のセッティングを始めた。パーカッションの子は一足先に舞台に出て、三商の子と一緒にセッティングを始めている。指揮台の脇で指示を出しているのは、三商の部長の吉田さんだ。ひょろっとした体格から、口の悪い子は電柱とか、トーテムポールとか言っている。けど、私は知っている。ふと眼鏡を外したところを見たことがある。すごく美人だった。なんかかわいそう、と私は思った。
 四市合同演奏会。この立派なコンサートホールを作った古山市の市長が、ぜひ隣り合っている市の高校生にも、コンサートホールでの演奏を経験してほしいと、8年前に始まったそうだ。うちの市にコンサートホールを作る余裕なんてないよと、市役所で働いている父が話していた。そして、この舞台に立つのはこれが最後。三年生なんてずっと先のことだと思っていたけど、あっという間だったなと、舞台の袖でひとりで考えていた。
 いろいろなことを思い出して、ふいに視界がぼやけた。私はだまって、となりにいた可奈に右手をさしだした。可奈はすべてを察していたのか、自分も右手を差し出して、私の手をしっかりと握ってくれた。
「演奏が終わるまでに崩れたら、絶交、だからね」
 可奈が言った。自信ないなぁと思いながら、うなずくことしかできなかった。
「プログラム番号 5番 御崎高校吹奏楽部 指揮 古川美恵さん」
 アナウンスが入った。ついに、最後の演奏だ。みんな自然と、指揮の古川さんの方を向く。古川さんは声を出さず、口の動きだけで、ふぁいと、と言った。そして、古川さんを先頭に、みんなで舞台へ上がっていった。一斉に拍手が起きた。コンサートホールの舞台で拍手を受ける機会なんて、人生にあるかどうか。そして、たぶんコンサートホールで演奏できる最後の機会だろう。はっきり言って、自信はない。さっき可奈が手を握ってくれていなかったら、たぶん一人だけ泣いていたと思う。…大人にならなければいいのに、ふとそんな考えがよぎった。
 自分の位置について、椅子に座って、譜面を広げる。古川さんはやさしい目で、みんながセッティングを終わるタイミングを待っている。セッティングが終わると、拍手が鳴りやんだ。そして、古川さんがタクトを持つ。私は楽器を構えて、古川さんの方を見つめた。…可奈との約束を守らなくちゃ、そう自分に言い聞かせた。
 古川さんのタクトが動くと同時に、トランペットの松山さんが、見事なソロを吹いた。そして皆いっせいに、松山さんのソロに続いた。楽器の音が、前へ、客席へ、鳥が飛ぶように飛んで行く、コンサートホールでしか味わえない、演奏者の特権だ。楽器の音の波の中で、きっとこれなら大丈夫と、自分に言い聞かせた。
 練習の時とおなじように、古川さんの指揮は的確だった。むだな指示は出さず、必要なところにだけ、まるでスパイスを利かせるように指示を出してゆく。古川さんは、音大への進学が決まっているそうだ。きっと、天性の指揮者なのだろう。私たち御崎高校吹奏楽部は、古川さんの指揮のもと、演奏を進めてゆく。アルトサックスの大森さんが、ソロのために立ち上がる。そして、古川さんの指示でやはり見事なソロを吹いた。そして、そのソロに返事をするように、みんなで音を出す。そしてまた大森さんがソロを吹く。そして、それをまとめあげているのが、指揮の古川さんだ。ずっと演奏していたい、終わらなければいいのに、そう思った時、少しだけ視界がゆがんだ。けど、可奈との約束を思い出して、私はぎゅっと目をつぶったあと、古川さんのタクトに集中した。
 演奏はついにコーダまで進んだ。終わらないで、と思う私の気持ちとは裏腹に、曲の構成は終わりへと進んでいる。ついに、最後のロングトーンまで進んでしまった。
 古川さんのタクトが、ひゅっと終わりを告げる。そして、客席からいっせいに拍手が飛んでくる。浴びるような拍手の中で、古川さんはスタンド・アップの指示を出す。私も可奈も、みんな一斉に立ち上がる。古川さんは指揮台から降りて、深々とお辞儀をした。割れんばかりの拍手は、私から現実感を失わせていた。古川さんが舞台の下手へ歩き出す。私は可奈にそっとつつかれるまで、舞台から降りることを忘れていた。
 舞台の袖に入ったとたん、私は歩けなくなった。頬を熱いものが流れているのを、何もできずに感じていた。ふっと古川さんが肩を抱いてくれて、私を舞台の袖の広いところへ連れて行ってくれた。可奈がハンカチを手の中に入れてくれた。…終わってしまった。そう思うまでにどれくらい時間がかかったかわからない。
 松山さんが見かねて、楽器を持ってくれた。気づいたら可奈が目の前に立っていて、もういいよ、と言ってくれた。私は可奈の胸の中で、声を出さずに泣いた。可奈はそっと、背中を抱いてくれていた。ずっと抱いていてくれた。そして、ほんの少し涙がおさまった時、可奈は私の腕を抱いて、楽屋まで連れて行ってくれた。

 楽屋に戻ると、楽屋のソファーに座らされた。
 このコンサートホールは、古山市の威信をかけて作られたそうで、プロのオーケストラの演奏会や、芸能人のコンサートが良く行われている。なので、楽屋も色々な種類があり、準備段階で各校くじびきで楽屋を決めている。指揮の古川さんが挑戦して、見事、一番広くて立派な楽屋を使うことができた。
「お茶、飲む?」
 可奈が自分の水筒のお茶をすすめてくれた。こくんとうなずいて、水筒のふたに入れられたお茶を飲んだ。
「武内先輩、ありがとうございました」
 トランペットの松山さんがやってきて、深々とおじぎをした。彼女は1年生ながら、トランペットの腕にかけては学校、いや、この演奏会で一番の腕前だろう。…さっきの演奏でのソロを思い出した。
「こーら、今日はまだ卒業式じゃないぞ」
 可奈が松山さんの肩を叩いた。
「それに、練習にはまだ混ぜてもらうからね。…受験があるのが残念だけど」
 可奈はそう言うと、私の隣に座った。
「…落ち着いた?」
「…うん…」
 ぽつり、と私は言った。放心状態というのだろうか。さっきまでの悲しさは、心の中で霧のようにぼんやりしていた。
「終わったんだ」
 私はそう言うと、水筒のふたをテーブルに置いた。ほかの子たちはみんな、楽器を片づけたり、おしゃべりをしたりしている。女の子たちのかしましい声が、楽屋に響いている。
「楽器は、鏡台の机に置いておいたからね」
 可奈はそう言うと、私の左手の上に自分の右手を置いた。そして、
「ずっと心配してたんだから。いつ泣き出すか、って」
 私の左手を握りながら、可奈は私の顔をのぞきこんで、にーっ、と笑った。
「最後まで、ちゃーんと演奏した。だから、約束どおり絶交はなし」
 可奈は握っていた私の手を離すと、ぽんぽんと、私の背中を叩いた。

「諸君!すばらしい演奏だった!ブラボーだよ!」
 楽屋の入り口から、顧問の滋田先生の大きな声が聞こえた。入り口を見ると、滋田先生と、今回の演奏に参加できなかった後輩たちが立っていた。後輩たちは先生の脇をすり抜けると、楽屋の真ん中にスーパーの袋を置いた。中には、ジュースやお茶のペットボトルがたくさん入っていた。そして、
「若き演奏家たちへのささやかなプレゼントだ。ひとり一本!」
 滋田先生はそう言って、嬉しそうに笑っていた。近くにいた子たちはみな、歓声を上げてスーパーの袋をあけていた。
「何か持ってくる?何がいい?」
「…まかせる」
 可奈は私の言葉を聞くと、すっと立ち上がって、楽屋の真ん中へ向かっていった。
 私はまだ、何も考えることができなかった。…楽器の手入れをして、ケースにしまわないとと考えたが、どうしても立ち上がることができなかった。
「武内、だいじょうぶか?」
 滋田先生はいつも間にか私の脇にしゃがみこんで、私の顔を心配そうにのぞいていた。そして、
「一番熱心に練習してたからな」
「はい…」
「そのまま、しばらく休んでいなさい。ね?」
 滋田先生はそう言って立ち上がると、他の部員たちへも声をかけて回りはじめた。入れ替わりに、可奈がお茶のペットボトルを2本持ってきて、私の隣に座った。そして、はい、と言って、1本を私の前に置いてくれた。そして、私の右手の中に、濡らしたハンカチを押し込んだ。
「そのままじゃ、楽屋の外に出られないでしょ。…それとも、洗面台へ行く?」
 私は首を振った。そして、濡れたハンカチで顔を拭いた。冷たい濡れたハンカチの感触が、私の心を少しずつ覚ましてくれた。

 ふいに、楽屋の入り口から歓声が上がった。そして、その歓声は、どんどん近づいてくる。
「ひさしぶり!武内、三島!」
『遠藤先輩!!』
 私と可奈は声をそろえて驚いた。遠藤先輩は、去年の3年生、つまり卒業生だ。ベリーショートの髪にすらっと背が高い、ボーイッシュなその姿は、私たち吹奏楽部の、いや、全校生徒のあこがれだった。ファンクラブもあり、バレンタイン・デーにはチョコレートを抱えた遠藤先輩が音楽室に来て、遠藤先輩が受け取ったチョコレートを部員に配ってしまうのが恒例になっていた。遠藤先輩は、私たちの向かいのソファーに、どんっ、と座った。
「でも、どうやって楽屋口からここまで来れたんですか?」
 可奈が不思議そうに聞く。確かに、楽屋口には楽屋担当の他校の生徒が待機していて、関係者以外が入らないようにチェックしているはずだ。遠藤先輩は、どうやってここまで来たんだろう。
 それを聞いた遠藤先輩は、ぺろっと舌を出して、きょろきょろと周りをうかがい、あるものを私たちに見せた。
『生徒証!!』
「しーっ、声が大きい!」
 遠藤先輩はあわてて生徒証をバッグにしまった。そして、
「実は、卒業式の時に返さなかったんだ。忘れました、って言ってね」
 確かに今見せてくれた生徒証はクリーム色で去年のものだ。私と可奈が持っている生徒証は薄緑色だ。…そうか。他校の生徒には生徒証の『色』の違いなんてわからないだろう。驚いた。生徒会長までつとめた遠藤先輩が、そんなことをするなんて。
「今年の楽屋担当がウチの学校じゃなくて良かったよ。おかげで、誰にも疑われずにここまで来れた」
 そして、私の方をじっと見つめて、遠藤先輩が言った。
「武内、泣かなかった?」
「大泣きでしたよ!」
 私のかわりに可奈が答えた。「けど、泣いたのは演奏が終わってから。演奏中はしっかり演奏に集中してましたよ」
「そうなんじゃないかと思ってさ」
 …なんで、遠藤先輩がそんなことを知っているんだろう。
「…実は、あたしも去年、泣いてたんだ。しかも演奏中にね」
 驚いた。去年、演奏が終わったあと楽屋でジョークを飛ばし、後輩たちをからかっていたのは、まぎれもない遠藤先輩だったはずなのに。
「ここのステージってさ、思い出の宝箱みたいなところじゃない?パートごとのテストに合格した部員だけの、思い出の宝箱。…あたし、ここで演奏するのがずっと夢だったんだ」
「私もです」私は、自分のひざを見ながら言った。「中学生の時、学校のみんなと合同演奏会を聞きに来て、絶対にここの舞台で演奏するって決めてたんです」
「もう最後かって思ったら、指揮が見えなくなっちゃってさ。…だから、実は去年の演奏、当てずっぽうだった」
 遠藤先輩は、遠くの壁の方を見ながら言った。そして、
「…きっと、武内もそうなんじゃないか、って思ってさ。誰よりいちばん練習して、誰よりいちばん、自分に厳しい」
「そんな」私は言った。「私はただ…」
「客席から見ればすぐにわかるさ」
 遠藤先輩はまっすぐ私のほうを見て言った。
「ステージに入ってくる武内、元気がなさそうでさ。けど、古川がタクトを持ったとたんに、目つきが変わった。去年のあたしを見ているみたいで、びっくりしたよ」
 そして、遠藤先輩は手を伸ばして、私の手をにぎってくれた。
「もしかしたら、あたしみたいに泣いちゃうかな、と思ったんだけど、最後まで古川のタクトから目をはなさなかった。…だから、心配になってさ」
「遠藤先輩…」
 私は、いっしゅんの内にパート練習や合同練習、そして先輩たちと一緒だったステージを思い出した。どれひとつ忘れられない思い出。ぽつんと涙が、遠藤先輩が握ってくれている手に落ちた。遠藤先輩はそっと立ち上がると私のところに来て、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「涙ってさ、いろいろなものを洗い流してくれるだろう?…いっぱい流して、思い出をきれいな姿に変えちゃいなよ」
 遠藤先輩と言おうとして、もう私は言えなかった。ただ涙があふれてくるだけだった。そんな私を、遠藤先輩はずっと抱きしめてくれていた。
「かわいい後輩にはやさしくしてあげないと、な、三島」
 その声を聞いたとたんに、私は大声をあげて泣き始めた。遠藤先輩はだまって、私を抱きしめてくれていた。

「あっ、流れ星!」
 古川さんが星空を指さして言った。私たちが楽屋口から外に出ると、外はすっかり真っ暗だった。
「最高の演奏だったな」
 滋田先生はスラックスのポケットに手を入れたまま、顔を上げて言った。
「滋田先生、あたしのときの演奏は?」
 遠藤先輩がいたずらっぽく言った。
「ここのステージでの演奏は、みんな最高の演奏なんだよ。な、武内!」
「はい!」
 私は元気いっぱいに答えた。外の空気は新鮮で、胸の奥まできれいになるようだった。
「泣いたカラスがもう笑ってるー」
「可奈!!」
 私はふくれっ面になったあと、ふき出して笑った。みんなもつられて笑った。…「最高の思い出」になったんだと、私は思った。私は可奈の手をにぎった。可奈も私の手をにぎり返してくれた。可奈の手は、やわらかくて暖かかった。

…生き生きとした文が
書けるようになるには、
いつまでかかるか。

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『36.5』
 くっそー、もうちょっと、いやかなりあると思ったんだけどなー。って思っているところに、保健室の沼園先生が体温計をあたしから取り上げた。
「ほら平熱、教室に戻りなさい」
「でも先生、頭も痛いんです」
「そう言ってこの間はCTまで取った。異常ナシ。見え見えなんだからあんたは。物理の三田先生の授業、受けたくないだけでしょ?」
 体温計を消毒してケースにしまいながら、沼園先生が言った。痛い。実に痛い。どこがって、突かれたところが。
「だってー」あたしはそのままソファーに寝転んだ。
「三田先生の授業、眠くなるんだもん」
「じゃせめて、教室で寝なさい」
「先生が授業中に寝ることを認めるんですかー」
「肉体的にも、精神的にも、健康そのものな生徒を相手にするほど、保健室は暇じゃない」
「えー先生、いま保健室は先生とあたしだけじゃん」
「大人には大人の事情がある」
「ずっこーい」あたしは先生をにらみつけた。
「まったくあんたは」
 沼園先生は白衣のポケットに手を突っ込んであたしのところに来た。
「次の時間は授業に出ること、約束」
「はーい」
 沼園先生は小指を出してきた。ゆびきりげんまん、あたしは沼園先生のそういうところが好き。
「沼園先生。先生は保健室の先生が夢だったの?」
「夢、と来たか。うーん、養護教諭の資格は欲しかった。けど、ここに座っているのはある意味流されて?採用試験だって、やる気はなかったし」
「ふーん」あたしは思い切って続けてみた。
「あたし見つかんないんだよなー夢。進学希望は出したけど、大学ってどういうところだかわかんないし。その先なんて想像つかないって言うの?」
「あー若いっていいね」
 沼園先生はパソコンを見つめたまま、いかにもその気がないって風に答えた。
「生徒が真剣に悩んでいるんですよー、先生」
「それならお門ちがいですよー、進路の先生に相談しなさい」
「進路の先生ってさー、結局いい大学にいきなさい、って結論なんだもん。先生、大学ってどうだった?」
「大学か」沼園先生は宙を見つめた。
「そんな若い頃もあった、私も歳を取った、そういう感じかしらね」
「答えになってなーいー先生!」
「行けばわかるって」
 沼園先生はまたパソコンに向かい始めた。
「大学で見つかるかもよ、あんたの夢」
「先生、うまくはぐらかしてない?」
「あんたをはぐらかしても、あたしは一円の得にもならない。むしろ、仕事が先に進まない。まったく市も、現場を考えろっての。報告ばっかり求めやがって」
「ってことは、今のは先生の本心?」
「そうよ」先生は電卓をたたきながら言った。
「大学は、自分で何をするか決める所だから。どの授業を取るかとか、どのゼミに入るかとか。卒業できるかも自分の責任。その分、自由なところよ。戻れるんだったら戻りたいわ」
「むー」
 あたしは天井を見つめた。進路の先生は、この成績だったらこの大学とか、とにかく入試の話ばっかり。進学してからの話をしても、決まって返ってくるのは、「進学してから考えなさい」とだけ。やる気なんか出るかっての。…でも、自分で選べるって、ちょっと魅力かも。
「あたしみたいに資格が必要な仕事ならともかく、進学してから探したっていいのよ、夢。あたしだって高校生に、具体的な将来を持て、とは言えない。でもしか養護教諭だし」
「でもしかって何?」
「養護教諭『でもやるか』、養護教諭『しかないか』のでもしか。取れた養護教諭の資格に乗っかってきたって感じよ、今のあたしは。くっそーこれ、郵送しろ?また手間だなぁ」
 沼園先生はパソコンにかかりっきり。ていうことは、たぶん言っていることは本心なんだろうな。キツネ眼鏡の進路の先生の言うことよりは信じてもいいかも。でもあたしの夢は形がないまんまだなぁ、と思っていたらチャイムが鳴った。
「沼園先生ー、あゆむ迎えに来ましたー」
「ほらお迎え付きだよ、とっとと戻る!」
 沼園先生は保健室の入り口を指さした。クラスメイトが数人迎えに来ていた。あたしは立ち上がると、制服をぽんぽんと叩いてととのえた。
「三田先生の授業より、沼園先生の個人指導の方が役に立った」
「何の話したっけ。うわ、職員室のプリンタに飛ばしちゃった。ほらほら、いったん出た出た。あたしは報告書取りに行くんだから」
 沼園先生はそう言うと、「すぐ戻ります」の看板を保健室にかけて、保健室の鍵を閉めた。
「ま、何かの役に立ったみたいだから、いいか。あんたは味をしめないように。次の授業はしっかり出ること。いいね」
「はーい」
 返事をするとあたしは、クラスメイトと一緒に教室へ向かった。学校はいつもと変わりなかった。あたしはまた沼園先生の話が聞けるといいな、と思った。

 昼下がりの編集部。印刷所の締め切りまでは半月以上もある。毎月、この時期が一番ほっとする。そして、これから始まる作家センセイとの戦いにどう勝つか考える。全戦全勝でないと、雑誌のページに文字通りの「穴」が開く。もっとも、「穴」のために、まだ名もなき作家の卵が書いた作品が用意してある。いざと言う時に、センセイの作品と卵の作品を入れ替える。雑誌としての体裁は守られるし、「卵」のデビューとなることもある。
 ふと見ると、開け放してある編集部の入り口に、ひょろっとした中年の男が立っている。黒い帽子に辛子色のコート、そしてブルージーンズを着こなした姿は、多少、いやかなり「キザ」だ。そして毎月この時期になると、編集部に現れる。そしてつかつかとデスクのところへ向かって行った。
「はい、データと打ち出し」
 鞄から紙の束とCDを取り出して、デスクの目の前に置いた。
「毎月ありがたいのですがねぇ、先生。我々にもスケジュール、というものがありまして」
「じゃ、多少間に合わない方がいいって言うのかな?」
 彼はいたずらっぽく笑うと、
「やれやれ。雑誌の編集部が禁煙だとは、世の流れですかねぇ。その位、あたしが一服している間に読み終わるでしょう」
 と言って、煙草を吸いに編集部を出て行った。
 彼は、卵がひしめく、芽を出すのも難しい小説の世界に、突然変異のごとく現れた新鋭作家だ。時代の流れと言うのか、彼が作品を発表していたのは彼のブログだった。勝手気ままに書き散らかす、というブログのうたい文句とは裏腹に、その筋の専門家が見ても驚くような設定と、オンリーワンの着眼点。そして書いた原稿は先生自ら「校正」までして、決まって締め切りの半月以上前に編集部へ持ち込んでくる。彼のカレンダーは半月ずれているのではないかと疑いたくなる位だ。
「…おーい神崎君、いつもどおり、君の仕事が一つ減ったよ」
 原稿を読み終えたデスクは老眼鏡を置くと、編集部員を呼びつけた。
「念のため、校正しておきます」
「…校正記号が入ったこと、あるのか?」
「…ないですね。でも、自分にも編集者の矜持がありますので」
 大体のセンセイは締め切り前にあわててパソコンで原稿を打つので、変換違い、打ち間違いなどが原稿に入っている。我々編集部員は、原稿を編集システムに流し込み、紙に打ち出して、「校正記号」と呼ばれる専用の修正記号で原稿を直していく。彼はその作業を自分で終わらせて、半月以上前に完璧な原稿を編集部に持ってくるのだ。
 一度彼の部屋を訪れたことがある。机の周りに乱雑に積まれた紙の束には、トルツメであるとか、改行を表す記号であるとかが、自らの手で赤く書かれていた。机の脇にすぐ手が届くように国語辞典、これは解る。その脇には通信社の用字用語辞典、これは普通、新聞記者が表記を合わせるために使うものだ。あまり作家は使わない。そしてパソコンのディスプレイの脇には、校正記号の薄い教科書。…これに至っては、すでに作家ではなく編集者が使うものだ。
 彼は文章を書いて、整えて、修正するところまで、毎月嬉々として自分で行い、自ら編集部へ持ち込むのだ。作家には変人が多いが、彼のようなタイプは見たことがない。
 編集部員が校正を始めようとした時、彼は喫煙所から編集部に帰ってきて、デスクの元へ歩いて行った。
「どうでしたか?」
「神崎君が校正してますよ」
「それはそれは。ありがたいことで」
 これは嫌味だ。彼は二つの目線を持っている。作家と、編集者だ。彼は文章を『作るとき』は作家の目線になり、『校正するとき』は編集者の目線になる。彼の部屋を訪れた時は、まさに編集者の目線だった。
 赤ペンを手にし、打ち出した原稿を凝視している。そして、赤ペンで校正記号を入れていく。誤字脱字はもちろんのこと、句読点の数や位置、改行する位置などを冷静に検討していた。そして的確に校正記号を入れていた。
 だから、持ち込まれた原稿はまず完璧なものだった。『念のため』編集部員が校正するが、校正記号が入ったことはない。そして締め切り半月以上前に持ち込む。これほど手のかからない作家はいない。
「さて」彼は帽子をかぶりなおすと、
「どう直して頂こうと、ご自由に。私がやるべきことは終わってますから」
 そう言って彼は編集部を出て行った。
「…やっぱり校正記号は入らなかったか」
 編集部員がつぶやいた。真っ赤に直さなければいけない原稿も大変だが、こうして自ら「校正」して完璧な原稿を持ち込まれても、編集者としては複雑な気持ちになる。他のセンセイが戦わなければいけない相手なら、彼は何なのだろうか。毎月彼を見るたびに、不思議な気分にさせられる。
「まぁ、遅れるよりはいいじゃないか」
 デスクは老眼鏡を拭きながら言った。編集者としてはありがたいことだが、何かが違う。彼がこの時期に編集部に来るたびに、実に妙な気分にさせられるのだった。

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